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ラノでまとめて読む danger zone4~GORILLA~(後編) 「私の戦闘力はあなた方よりはるかに劣る、それでも、私が引き金を引けばあなた方は傷つく、それはわかりますね?」 背後に立たれた慧海は、素早く御鈴を自分の前に回した、御鈴はその姿勢のまま動かない、このチビ、度胸だけは大人以上だと思った。 「あなた達を人質に、我々は要求をします、身代金や同志釈放などではありません、ただ、我々の生存に関する要求なのです」 会議出席を狙った襲撃、目的は殺害であることは明白だった、そして、慧海と御鈴が暗殺に不利な職員通用口から出るのを知り、 急遽変更された作戦、おそらくは事前に立案された代替計画は、誘拐による活動資金の調達、目的が金じゃないなんて、嘘もいいところ。 首尾よく身代金が取れれば、リスクのある人質返還などするはずもなく、当初の予定である殺害が実行される。 「わたしの妹が、あなたのお父上に射殺されたことをご考慮頂けると有難いです、妹はその時16歳で、人間がとても好きでした」 慧海が絶対敵わないと思っている数少ない異能者、クリント・デリンジャー・キャラハン、元は山口康雄という平凡な日本人だったが、 18歳でカンザスのデリンジャー・ファミリーに婿入りすると同時に、アメリカでは実に簡単な改名申請で名前を変えた。 以後、軍にも政府機関にも属さない、フリーの異能者となり、数多くのラルヴァ事件を、雇われ異能者として解決した。 彼を命の恩人、あるいは仇とするラルヴァ関係者は、アメリカのみならず日本のラルヴァ対策上層部にも、数多く居る。 特製のオートマグ"CLINTーONE"から発射される44口径の魔弾は、侵食型ラルヴァを吹っ飛ばす唯一の異能といわれている。 慧海は、自分の父親を、妹の仇討ちという大義名分のダシにしているラルヴァに、腹が立った、"正義"ほど反吐の出るものはない。 「…あんたの妹はね…ラルヴァだから殺されたんじゃない…マイアミのジュニアハイスクールで薬を捌いて…6人、薬漬けで死んだのよ」 デミヒューマン・ラルヴァ組織の一部は、マフィアやコルスの隙間を埋める、新興の犯罪結社として急速に定着した。 その資金調達、そして既存組織との宥和には、異能技術で作られた錠剤型の性欲昂進ドラッグが用いられ、日本でも芸能界を中心とした汚染が広りつつある。 慧海の言葉に、黒服男の表情が曇る、妹の話で動揺した様子はない、ただ、仕事が面倒になることを憂いていた。 このブラック・ラルヴァは、自分の妹を、摘発が行われる現場に意図的に出向かせ、死後、その販路をまんまと頂いている。 視界の端に映る、緩慢に見える動きより先に、メルセデスのアルミ鍛造ピストンが力強く上下する感覚を、慧海は皮膚で捉えた。 物体が移動しているという情報が、光の速さで伝わり、一秒の百分の一ほど遅れて、鋭い音が耳に届く頃には、体の備えは出来ていた。 慧海達から3mほどの位置で強制停止させられていたリムジンが、タイヤを鳴らしながら慧海達に向けて突っ込んできた。 バムっ!と、建て付けのいいドアを閉めるような、小口径消音拳銃特有の音、防弾ではないが、弾丸威力の減衰効果がある、樹脂強化サイドウィンドに弾痕が穿たれる。 拳銃を突きつけられていたタカタカが、相手の視線が逸れた瞬間に、軽く足を乗せていたリムジンのアクセルを踏み込んだ。 彼はリムジンをストップさせられた時、咄嗟にオートマティックセレクターをRレンジにしたまま、両手を挙げていた。 日本のアイシン精機が納入しているメルセデスの電磁オートマティックは、Rレンジでもアクセルを踏まない限り、車は動かない。 南中に近い陽が当たっていたお陰で、Rレンジに入れると点るテールランプの白光は、サングラスをかけた黒服には気づかれなかった。 慧海から離れた、双方を見渡す位置に居た黒服が、バンパーの端で弾き飛ばされる、慧海の後ろで拳銃を突きつけていた喋り屋の黒服は。 自分の前に居る慧海と御鈴を盾とすべく、慧海の腎臓のあたりに、ハッシュ・パピーのサイレンサーを押し当てた。 慧海は、動いた 慧海は背後の拳銃に、背中を押し付けた、ショートリコイル式の自動拳銃は、前から押されるとスライドがロックし、トリガーを引いても発射できない。 ゆえにプロは、決して拳銃を相手の至近に付けず、絶えず拳銃を持っていない方の手で、相手との距離を維持する。 黒服にハッシュパピーで決めた気取り屋の、実戦経験の薄い無防備な拳銃操作は、さっきからしばしば隙を見せていたが、 慧海は、目の前の黒服と、それを支援する残り二人の黒服への、攻撃チャンスが重なるのを、忍耐強く待っていた。 タカタカのリムジンが突入してきてくれたことで、三人の男達の間には、ほぼ同時に、一秒の何分の一かの間隙が生まれた。 ほんの一瞬、背中の拳銃をロックさせた慧海は、体を鞭のように半回転させて、背後のブラックラルヴァに蹴りを入れた。 ウェスタンブーツのつま先で肘の関節を蹴り上げる、重いサイレンサー付き拳銃が、ブラックラルヴァの手から吹っ飛んだ。 続いて、空手の二段回し蹴りに似た足技で、ブラックラルヴァの側頭部に、ブーツのスネのあたりを叩き付ける、バフっという、鈍い音。 蹴り損なったかと思ってニヤリと笑ったブラックラルヴァは、そのままサングラス越しに見える眼球を一回転させ、崩れ落ちた。 海兵隊でジュードウが正課に加えられて随分経つが、慧海は格闘技教官と、互いが相手を殺す気になるまで特訓した柔道柔術より、 同じ海兵隊異能者部隊に居た、ユーラシア系女性の伍長と鍛え合った、功夫《ゴンフ》の蹴りと打突のほうが役に立った。 そして、最近は、忍の体術のひとつである骨法を、慧海自らスカウトした風紀委員の飯綱百より、熱心に習っている。 伍長と百が、口を揃えて言っていたのは、素手同士での戦いの時こそ、自分が何を持っていて、周りに何があるかを意識すること。 小銭、ボールペン、衣服、砂、建物、太陽、人間…道場の試合ではない、護身や殺し合いの場に、物の無い場などない。 百は模擬戦で、慧海の振り下ろしたマシェット刀を、濡らした手拭い一本で受け止めながら、そう教えてくれた。 アメリカで法執行者に所持が義務づけられている、予備銃《アンダーカバー》を慧海は左右のウェスタンブーツに一丁づつ入れていた。 慧海は学園制服を着てる時には、最低でも4丁のデリンジャーを持ち歩く、首に一丁、両足首、4つ目のデリンジャーの場所は、誰にも話していない。 革で包まれた鋼の塊は、殴打武器ブラックジャックと化し、衝撃はブラックラルヴァの頭蓋骨を通り抜けて、脳に達した。 デミヒューマン・ラルヴァを含む上級のラルヴァは、現代兵器をキャンセルする能力があり、異能による攻撃以外では殺せないという。 慧海が、瞬時の判断の中で、このデミヒューマンに蹴りをブチ込むことを決定したのは、今までの経験則から得た勘と、賭け。 デミヒューマン・ラルヴァの中でも、亜人や獣人に近い種類は、銃やナイフの通りにくい、キャンセル能力を有しているらしい。 しかし、どこまでも人間に近い知能と身体特徴を持ったデミヒューマンの多くは、ヒトと同じく殴れば傷つき、絞めれば死ぬ。 人間の知能と体があれば、ラルヴァとして、どんな形で人間や他のラルヴァと戦うにしても、武器攻撃のキャンセル機能なんて邪魔にしかならない。 キャンセル機能の、武器による"攻撃"を見分ける認識がどれだけ賢いか知らないが、自分の武器として、銃や剣を握れないのは論外だし、 剣が自らの腕や脚を斬る危うさや、自分に向かって弾が飛んでくる恐怖を知らない者が、武器の扱いに習熟することは、まず無い。 概ね体の大きさに比例した、有限の機能リソースを、キャンセル機能で無駄使いするくらいなら、その分を脳に回したほうが効率はいい。 慧海の目の前で倒れるラルヴァもまた、人間の武器を未熟ながら使いこなし、その代償としてブラックジャックに倒れた。 ワンダウン、残りはツー・ゲーム《獲物》 静かに、速やかに終わらせる、それがこの場を生きて脱する鍵となることに、慧海は気づいていた。 目に見える敵は三人、一人は慧海の目の前で、頭部にウェスタンブーツとデリンジャー拳銃のブラックジャックを喰らって昏倒し。 残りの二人は、突っ込んできたリムジンの影に素早く隠れ、同じく瞬時に身を沈めた慧海と、一台の車を挟んで向かい合っている。 もしも慧海が襲撃する立場なら、実行者は、統率が取れて互いを支援できる三人から五人、そして、必ず近隣に増援部隊を待機させる。 増援のラルヴァ連中ががどこに潜んでいて、どういう連絡構造によって出動することになっていようと、 慧海からは見えない場所から来る敵の一団を相手にする羽目になれば、慧海と御鈴、そしてタカタカに生き延びる望みはない。 もしもリアルタイム・モニターで襲撃の首尾を監視していたとしても、何かが起き、それを把握するまでには、一瞬のタイムラグがある。 銃声はそうはいかない、消音拳銃を装備して襲撃に向かった連中が、銃声を発てたなら、大概の戦闘者は反射的に動き出す。 その僅かな時間差に、命を掴むチャンスがあることに気づいた、そして、それに最適な道具は、ついさっき完成させた。 ラルヴァ対策会議の会場となった産業プラザには、当然、異能を備えた警備スタッフは居て、各所の監視カメラをモニターしている。 黒い彼らもまた、銃声をたてずに、警備スタッフが異変を確認し、ここまで駆けつけるまでの間に、静かに仕事を済ませる積もりだったが、 慧海が確かめた限り、広く薄い警備は正面入り口を中心にシフトしている、この場で放つ銃声が呼ぶのは、慧海の味方ではなく敵だった。 静かに終わらせる必要がある。 慧海は革ジャケットの内ポケットから、ウィスキーの金属容器《メタル・フラスコ》で作った楕円の金属筒を取り出した。 醒徒会の会議室で試射し、産業プラザでの会議中に、結合リングの最終的な磨り合わせ作業を終えた二銃身サイレンサー。 銃身に装着する、茶筒に蓋が嵌るように、研磨した金属特有の密着性で、キュっという感触と共に、しっかりと銃身に固定された。 銃を持った者同士、互いにリムジンを盾にした、超至近距離での対峙、映画では見られない、現実の銃撃戦には最も多い距離。 慧海はすぐさま、コンクリートの上に体を投げ出し、地に這った、車の下から、黒スーツ三人組のうちの一人の足首を撃つ。 そのまま跳び上がった慧海は、ワックスのきいたベンツのルーフを滑り、車の向こうに居るもう一人の黒服に体当たりを食らわせた。 銃やナイフよりも、蹴りや拳、あるいは投げのほうが役立つ間合い、慧海は黒服の鼻を、手で握った拳銃で思い切り殴りつける。 鼻を中心に頭蓋骨を陥没させた男に膝をブチこみ、間合いを確保した慧海は、そのまま消音デリンジャーを両手保持《ウィーバー》で構え、体の中心を撃った。 シュ、というガス漏れの音と共に、発射の反動で飛ばされるように、足首を撃たれた男の斜め横まで後ろっ飛びした、男は動かない。 サイレンサーを装着したデリンジャーを向けながら、ブーツのつま先で、うつ伏せに倒れる男の側頭部を蹴る、動かない。 ウェスタン・ブーツのブラックジャックを食らって昏倒していた、喋り屋のブラックラルヴァにも銃を向けた慧海は、 止めの一撃をブチこもうとしたが、思い直して銃口を上げ、目の前の足首撃たれ男をブーツで蹴って仰向けに転がす。 急所ですらない足首に41口径の非跳弾性弾丸を食らった男は、被弾性ショックで、心臓麻痺を起こし、死んでいた。 実際、街で銃撃戦に巻き込まれ、被弾した一般市民の2割は、致命傷に至らぬ銃弾による被弾ショックで死んでいて、 絶えず銃撃に晒さる前線の兵士は、意外なことにその割合が少し高い、緊張の連続で負担を受けた内蔵が、あっさり停止する。 「当たり、みたいね」 最初の一撃で昏倒させた一人は、デミヒューマン・ラルヴァ、その部下二人は、黒いスーツを着た人間だった。 慧海がウエスタンブーツで、デミヒューマン・ラルヴァに蹴りを入れてから10秒弱、あと20秒が限界かな、と慧海は思った。 藤神門御鈴は、デンジャーが目の前で突然始めた銃撃戦に、ただその場にしゃがみこみ、頭を抱え蹲っている。 恐怖に成すすべなく固まっているようでいて、その姿勢が、被弾死亡する確率を、直立時の八分の一以下に減らせることを慧海は知っていた。 街中で突然、銃撃戦に巻き込まれた時、膝がつくほどに身を沈めるだけで、被弾の可能性は三分の一以下となる。 両手で頭部を守りつつ、手足を体の中心に集めてしゃがむ"ヘソを隠す格好"が、更に生存率を高めることは、弾丸も雷も変わらない。 地面にピタリと伏せれば、被弾確率は十五分の一以下と言われるが、状況が絶えず変化する場では適切ではない。 御鈴への厳格な教育は、彼女に閉所暗所へのトラウマを植え付けたかもしれないが、今ここで御鈴の命を守っている。 いい躾を受けたな、思った慧海は、最善を尽くし生きんとする少女を無事に帰すべく、飛び上がって背中で車の上を滑り、御鈴の横に戻った。 白毛を逆立て、歯を剥き出しながら、いつでも敵に飛び掛れる姿勢で御鈴の肩に止まるびゃっこの鬢《びん》を、掌で撫でて宥める。 「…オーケイ…大丈夫だ…あたしがヤるから…おまえは護れ…絶対にミスズから離れるなよ…いいな?」 白虎は、一瞬、慧海の身を案じるように見上げると、「うなっ!」と鳴いて、しゃがむ御鈴の肩で、しっかりと四肢を張った。 慧海はリムジンのドアを引き開けると、御鈴の襟首を掴んでリアシートに放り込み、頬から血を流したタカタカに向けて怒鳴った。 「この先の路地の出口で、道をブロックして止まってろ!」 慧海はラルヴァ、あるいは人間を相手に撃ち合いする時、相手の正面となる位置を極力避ける。 後ろや側面、絶えず相手の死角を意識して、常に有利な位置から先制の射撃を加え、数が優勢でも位置が不利なら交戦を避ける。 互いが相手の命を奪うため、限られた現状で可能なことをすべて行う、現実の撃ち合いで、一対一の"決闘"など、そうそうない。 そして、慧海が今までの経験で知っている実戦では、一対一はいつも、ほんのちょっとの状況変化で一人対多数になる。 例えば、三人の武装者を相手にしながら、その何倍もの増援が来る時間が刻々と迫っている、今のように。 ラルヴァの一部隊を乗せた車が突入してくれば、リムジンでブロックできる、奴らがブロックを排除する間に反撃すれば、先手を取れる。 当然、御鈴をリムジンに乗せ、一目散に逃げさせたほうが安全性は高かったが、慧海は自分自身の逃走手段を手放すほど、自信家ではなかった。 軍に居た慧海は、多くの精鋭部隊で隊訓として定める「何があっても仲間を見捨てない」という掟を、実行すべく務めていた。 作戦に失敗したとき、全滅か部分的な人員損耗かで、その作戦の後の軍事的、政治的な影響、そして"勝者"は大きく変わる。 仲間を一人でも生きて帰すため、自分自身が犠牲になることは、厭わないように、まぁ、できるだけの努力はするようにしていた。 そして、最も生還の可能性が高いのが自分自身である時は、慧海は仲間を犠牲にすることを何ら躊躇しなかった。 軍人は隊の掟を超えて、人間関係を重視する、慧海は自分が軍隊には向かない人間であることを自覚しつつあった。 父のようにフリーでラルヴァ絡みの仕事をしていたほうが、儲かるし適性もある、と思った。 慧海がリムジンのリアシートを叩き閉めると同時に、リムジンはタイヤを軽く鳴らしながら前向きに飛び出した。 要人警護ドライヴァーの必須であるスピンターンを決めたベンツは、表通りからは死角になる位置で、車体を横向きにして道を塞いだ。 ヘタクソがそれをやると、道の真ん中で車に横を向かせたはいいが、前にも後ろにも動かせない状態になるが、 タカタカはハンドルを右に切ってアクセルを踏めば、すぐに表通りに飛び出せる角度で、しっかりと停まっていた。 空とコンクリート 脈動する赤い薄幕で覆われ、ぼんやりとした景色、上向けのまま動かない、少しづつ冷たくなっていく体。 「…やっぱり最近の防弾チョッキは抜けないわね…」 慧海に拳銃で鼻を潰され、至近距離で撃たれた男は、段々と像を結んでくる視界の右横に、金髪の少女を認めた 「ねぇ?」 命令された襲撃対象、銃撃戦が始まると、隣に居た仲間の足を、まるで盾にしていた車を通り抜けるような、魔法の弾丸で撃ち、 呼吸を喉に詰め込まれた悲鳴を上げる仲間に視線を奪われた、一瞬の隙に、翼の生えた蜘蛛ラルヴァに似た動きで、車を飛び越えてきた。 山口・デリンジャー・慧海 双葉学園の治安を受け持つ風紀委員長、銃の腕と上とのコネだけで風紀委員長になったと聞いた、怠慢で軽慮な、小娘。 男は、醒徒会長の御鈴と、この小柄な金髪翠眼の少女を、無事誘拐した後は好きに扱っていいと、金銭の報酬以外の部分で約束されていた。 彼は、仰向けのまま動けない自分の視野に居る少女が、車を挟んだ位置から、瞬間的に自分の目の前に現れた時の事までは覚えている。 鼻で何かが爆発したと思ったら、少女の巨大な拳で、胸を防弾チョッキごと叩き潰された、そして、全ての意識が赤く塗りつぶされた。 怪我の痛みではない、命が流れ出る感触、男は自分が相手にした、小柄な金髪の少女が、ゴリラの拳と肉体を持つ化物であることを知った。 慧海は、胸を血で染めた男の横にしゃがみながら、電子生徒手帳に高速で表示されるテキストを読みふけっていた。 倒した三人の男は、ここに放置しておくことになる、三人の男をリムジンのトランクに詰めて運び去る時間は無い。 ブラックラルヴァの増援か、産業プラザの警備スタッフか、どちらでも先に来た方に引き渡さなくてはならない。 慧海は、左手首に巻いたオリーヴグリーンの腕時計、タイメックスの"ミリタリー風"ウォッチの秒針を視野の端で見ながら、 三人の男の顔を電子生徒手帳で撮影し、身元を照会した、慧海が30秒と決めた時間切れが迫る中で、この三人を"洗う"必要がある 風紀委員長、そして海兵隊一等軍曹に用意された優先高速回線でデータが転送されてくる、三人ともデータベースに該当者が居た。 ブラックジャックでの一撃を受けて昏倒してる男は、ブラックラルヴァの正規構成員、兄妹揃って、薬物流通に関与している。 もう一人、足首を撃たれ、ショックで死んだ男は、ブラジル国籍の日系人、ラルヴァと政府の両方で仕事をする、何でも屋のフリー異能者。 そして、慧海の目の前で仰向けに転がる男、鼻を折られ、防弾チョッキ越しの至近弾で胸郭を潰され、転がる男は… 双葉学園の生徒だった。 大学部の二年生、慧海も高等部との合同授業で見覚えのある奴、異能はそこそこだが、下ネタのジョークがうまい男で、 会長や副会長、書記をネタにしたエロ話、監禁や陵辱、リョナ趣味に耽る妄想話には、慧海も大いに笑わせてもらった。 男は、学園では与えられることのなかった重大な任務、自分の妄想が現実になるかもしれない仕事への勧誘をさほど深く考えずに受け、 ブラックラルヴァ組織内で、立案から情報提供、そして実行まで深く係わることで、今までの人生にない虚栄と充実を味わった。 彼への依頼主となった男、慧海の蹴りを喰らって自分の横で倒れていた、ブラック・ラルヴァの構成員が、唸り声を上げながら、上半身を起こした。 妄想の中で散々に犯し、切り刻んだ少女は、電子生徒手帳を読みながら、片手で握っていた拳銃を持ち上げて、シュっと鳴らした。 慧海は、意識を取り戻そうとしたブラックラルヴァの方をろくに見もしないまま、消音デリンジャーで一発撃った。 ブラック・ラルヴァは、黒いサングラスのレンズを一枚叩き割られ、眼球から侵入した41口径弾に、頭を吹っ飛ばされて即死した。 「山口・・・デンジャー…慧海…撃てよぉ…この殺人キチガイ…殺すのが好きなんだろぉ?…さっさと撃てよぉ!…撃ち殺して笑えよ!」 男の頭の横にしゃがみ、電子生徒手帳を開いて、読み物に集中していた慧海は、顔を上げ、澄んだ青緑の瞳で、男の目を見た。 「あたしは、いつだって最も効率的な方法を選んでいるだけよ、抑止効果《みせしめ》が必要ならバンする、生きて何かを為そうって奴を殺したりしないわ」 会長や慧海を、己の思うままに嬲りたいという欲望のため、ブラックラルヴァに飼われることを選んだ男は、今、ただ一つ望んだ、生きたい。 「あんた、ひどい顔してるわね、もっと楽しそうに笑いなさい、そうすれば、もっと楽しい学生生活だって送れる・・・あんたにだって、出来るわよ」 男は、痛みに耐えながら、それまでの人生に貼り付いていた卑屈な表情を引き剥がすように、笑った、もしも自分の命があと少しなら、もし、生きて人の役に立てるなら。 「さぁ、立ちなさい、立てる?手ぇ貸してあげましょうか?」 あれだけ憎かったデンジャー・慧海の手を、男は掴んだ、胸も鼻も痛いが、自分の足で立てる、自分で歩ける、これからは… 男は、立ち上がった。 シュッ 慧海は、体の前面から血を滴らせながら、己の足で立ち上がった男、かつてブラック・ラルヴァに加わり、人間を傷つける道を選んだ男の歯を撃った。 コンクリートで囲まれた場であることを考慮して装填した、非跳弾性フランジブル弾が、砕けながら男の後頭部をフっ飛ばす。 「双葉学園の生徒が、ブラック・ラルヴァの一員なんて…あたしの弾丸も、あんたの口も、どっかいっちゃったほうがいいのよ…」 仰向けの姿勢だった男、慧海がどうやって止めの弾丸を撃ちこもうにも、無抵抗のまま射殺された弾痕を、コンクリートに残してしまう 彼は自ら立ち上がり、痕の残らない射殺が可能な姿勢を取ってくれた、慧海はそれを待ってから、そのために銃に残していた弾丸を撃った。 慧海が限られた時間の中で、電子生徒手帳を使って、学園の事務局に消去を依頼した、この男の学籍データと同じく、事後整理の一部。 国家の予算とお目こぼしで出来ている双葉学園と、日本にやっと成立した、ラルヴァに対抗する異能者を育成、運用するシステム。 学業に勤しみながら、日本の為、人々の安寧の為、ラルヴァと戦う、双葉学園の異能者少年少女、そのイメージを壊す、目の前の男。 学園に不利な証拠を引き渡せば、事実の一部が明るみに出るのは避けられない、ならば、その口だけは塞ぐのが、慧海に出来る最善の行動だった。 風紀委員長として任じられた仕事じゃない、この国でラルヴァと戦うと決めた慧海の仕事、一人でも多くの人間、そしてラルヴァの命を救い取るため、 自分が殺人者として謗られるなら、それはある意味、システムが効率的に稼働してる証、慧海と、彼女を見出した生徒課長の数少ない共有認識だった。 慧海は左腕のタイメックスに目を落とした、アナログの秒針が、時間切れを告げている、殺戮者は現場から遁走すべく、歩き去ろうとした。 通用口のドアが開き、数人の男がなだれこんできた、胸にはラルヴァ専従スタッフのID、慧海はデリンジャーを向けた。 味方の軍服を着た敵も居る、慧海は彼らの顔ぶれを確かめて銃を下ろしたが、腰のあたりでさりげなく銃口を向け続けている。 「山口さん、ご無事でしたか?会議場の警備をさせて頂いている、厚生省ラルヴァ対策チームの者です」 異能は10代終盤にピークを迎え、稀な例を除き、20才前後で対ラルヴァ戦闘が不可能なレベルまで減少する。 ゆえに学生がラルヴァとの殺し合いに狩り出される、見たところ30代の、国家直轄チームは、戦闘より後方支援を専門としていた。 「…付近に待機していた、彼らの仲間と思われる不審者を乗せたバンは先ほど逃走し、現在追跡中です」 慧海は銃を向けたまま、通用口の前に転がる、三人の黒服を左手で示した、激しく抵抗したため、やむなく射殺したようにしか見えない死体。 ウィスキーフラスコの消音装置は、既にワンタッチで外して赤いレザースタジャンのポケットに隠している。 「後始末、任せたわよ」 出来れば死体をこちら側で引き取りたかったが、それをやれば、慧海の射殺への不審は見て見ぬふりが出来ないレベルになる。 「まさかこんなことが起きるなんて、警備には万全を期していたはずなのに、せめてあちらの正面出入り口から、お帰り頂ければ…」 慧海は開きっぱなしの電子醒生徒手帳のディスプレイ、いずれバレる三人の照合データを示した、警備スタッフの顔色が少し変わる。 「…ここでは何も無かった、そうするわけにはいきませんか?…」 戦闘よりも、それを行う人間の管理が専門らしき、厚生省の警備スタッフは、官僚の物言いで、慧海に頼みこんだ。 「そのほうがいいわね、学園の政治的な部分にタッチするのはゴメンだもの、後は生徒課長のオバサンと話し合って決めて」 男達は、三人の男を引きずってドアの奥に消えた、あの死体は、裁断される機密書類のように、しかるべき処理がされるんだろう。 慧海はコンクリートに血痕と脳漿の残った、職員通用口を背に、リムジンへと向かった。 これは数日後の話になるが、醒徒会長と風紀委員長の誘拐未遂については、複雑な形で決着することとなった。 日本政府が、表向きはラルヴァ生存のための交渉活動を主としている、ブラック・ラルヴァ組織に正式な抗議をするのに先駆けて、 独自の連絡ルートから、ブラック・ラルヴァ組織代表者の名で、誘拐を実行した三人の除名と、遺憾の意を伝える書面が届いた。 再発防止の内部調査を約束し、その過程は政府に伝えるという、強硬な要求で知られた今までのブラック・ラルヴァ組織には無い譲歩。 生徒課長の都治倉喜久子より、それらの経緯を聞いた慧海は、苛々しげにテンガロン・ハットを脱帽し、髪を掻き回した。 「先手打たれてアタマ押さえられちゃうとはね、向こうにはよっぽど悪知恵の働く調停者《アジャスター》が居るんでしょうね」 都治倉喜久子は我関せず、といった様子、既にこの問題は政治的な段階で、今更"学校"がどうこうできるものではない。 「案外、こ《・》ち《・》ら《・》側かも、しれませんね、どちらにしても、追加情報は向こう頼りです、遺体は昨日、あちらに返還しました」 ブラック・ラルヴァ側の、双葉学園関係者が実行役に加わっていたことへの沈黙は、双方がこれ以上の追求をしないという、無言の牽制。 「目の前の黒い連中とのバンバンに勝ったけど、結局のところ、この件は、両成敗の痛み分けってわけ?」 慧海は、自分や学園がやっている事が、街のケンカではなく、異種同士の、互いの生存をかけた殺し合いであることを改めて知った。 普段から風紀委員長として、声や弾丸で部下に叩き込んでいる事実、わかっていなかったのは、自分も同じかもしれない。 「あ~あ、タカタカとモモでも誘って、飲みにでも行きたい気分よ」 終わりのない、勝者もない戦いに、既に慣れっこになっている様子の喜久子は、中身がいくつか無くなった紙箱を慧海に勧めた。 「あなたのお母さまから、お酒は飲ませないように言われてます、替わりに甘いものでもいかがですか?」 普通の茶背広を着た、ブラック・ラルヴァ組織の幹部が、形だけのお詫びとして学園に届けにきた菓子折り。 彼らの名目上の本拠がある、八王子の霊山が箱に描かれた饅頭、紙を剥いて一個食うと、焼き皮の中身はありふれた栗餡。 「この八王子饅頭、あたしがあげたエンタープライズ饅頭と、おんなじじゃない」 ブラックラルヴァによる醒徒会長、風紀委員長誘拐未遂事件は、不透明なまま終了し、未解決のまま解決した。 「チビすけ、もう大丈夫だ、ゴリラは悪者をやっつけた」 メルセデス・リムジンの内部では、往路で聞いたゲームサントラが、大ボリュームでかかっていた。 タカタカが適切な指示をしたらしく、御鈴はリアシートの上で、両手で頭を守りながら伏せ、びゃっこがその横で蹲っている。 慧海は、虎の赤子にしか見えない、しかし学園最強の式神と言われる十二支天、白虎の頬を撫でる、びゃっこは喉を鳴らした。 「…そうだ、それでいいんだ、お前はミスズを傍で守るために在る、前に出て戦うのは、あたしに任せとけ」 御鈴の周囲にあるリアとサイド、そして前席とを隔てる、濃度調整ガラスは、ほぼ真っ黒になっていた。 13歳の少女が見なくてもいいものを見せない、聞かせない配慮、慧海は、このラルヴァの運転手に感謝した。 後始末を会場警備の連中に任せた慧海と、緊張に疲れ果てた様子の御鈴がリムジンのリアシートに沈む、帰りの車中。 慧海は海兵隊時代のラルヴァとの交戦、その後、疲労し、消耗し尽くした状態で基地に帰投するジェットヘリの中を思い出した。 誰も口を開こうとしない機内、時に、もう二度と口の利けない仲間が、袋に詰められて同席していたこともあった。 リムジンの運行規則に従い、前席と後席を隔てる防音のパーテーションは閉じられている、インターホンから、声が聞こえた。 「…ごめんなさい…」 もう何も考えたくない気持ちだった慧海は、重い口を開き、意識して軽い口調でインターフォンに向けて喋った。 「なんだタカタカ、オナラでもしたのか?」 防弾ガラスで隔てられ、スピーカー越しの声では、細かい感情は伝わらない、それはリムジンに必要な装備。 「私はラルヴァです、だから、ごめんなさい」 リアシートでぐったりしていた御鈴が、フラつきながらも起き上がってパーテーションを開け、タカタカに怒鳴った。 「違う!それは違うぞ!罪は自らが犯すもの、罪を持って生まれて来るものなどおらぬ!タカタカは悪くない!」 慧海はベンツの快適なリアシートに沈みながら、御鈴ほど力の無い声で話しはじめた、念仏のほうがいくらか陽気だろう。 「…あんたがそーいうマゾプレイする分には、邪魔する気はないわ、勝手に自分で作った罪で自分イジメてなさい でも、その前に、あたしはあんたに礼を言わせてもらう、リムジンで突っ込んできてくれたあんたには命の恩がある それに、あんただって、バンバンしたあたしに、感謝って奴をしてもいいんじゃないの?罪を思うのは、その後でいいじゃない」 ブラックラルヴァから窓越しに撃ちこまれたタカタカは、弾丸の掠った頬に貼ったカットバンを掌で撫でた、痛みは生きている証。 「そうですね、そうかもしれません、でも、私自身のため、私がラルヴァであるために、謝らせて頂きます」 二つの祖国を持ち、明確な出自を持たないまま世界を回った少女は、目の前で自分を持ち続ける男が少し羨ましくなった。 「…そっか…あたしにはまだわかんないけど、それって、…もしかしたら大事なものなのかもしれないわね…」 ラルヴァの男、タカタカは、一瞬、ピンクの瞳をこっちに向け、それから再び顔をそむけながら、もう一度謝罪した。 「ごめんなさい、オナラもしました」 「「fuXX!」」 リムジンが環八線から湾岸線に入り、双葉学園のある東京湾が西陽に照らされる様が見えて来た頃、御鈴が口を開いた。 「…なぁ…デンジャー…彼らはどうなるんだろう?…蹴られたり、足を撃たれたりしてたな、…ラルヴァとはいえ、痛そうだった…」 慧海はリムジンのリアシートに沈みながら、天井を見上げた、タカタカは意識して、運転に集中している。 「…そうね…あいつらは…今ごろ取調室で、カツ丼でも食わせてもらってるわよ…」 嘘はつくほうが辛いもの、でも、それくらいは許されるだろう、この少女が知るには、まだほんの少し早い事実。 いつか、その時が来たら教えればいい、真実の泥棒ではない、ちょっと前借りしただけと、慧海は自分を納得させた。 「…そうか…それはよかった……彼らも罪を償い……いつか………いい"ひと"になれると…………いい…な…………」 御鈴は慧海の肩に頭をもたれかけ、寝息をたて始めた、もしかしたら、この体の使い道は、血と硝煙に汚すだけではないのかもしれない。 このチビもいつの日か、取調べ室で奢られるカツ丼はドラマの嘘、実際は留置所弁当か、自腹清算の出前だということを知るだろう。 普通に青春を過ごしていれば、一度はパクられ、ブタ箱に入れられるものだという、慧海の感覚がズレてるのかもしれないが。 連絡橋の人工島側、慧海と御鈴を乗せたリムジンが双葉学園のゲートに差しかかる頃、遠くから逢洲等華がドドドっと駆け寄ってきた。 きっと慧海は半日も私と会えなくて、身を切られるほどに寂しい思いをしてるに違いない、ならばこちらから出向いてやるのもまた一興、と。 逢洲は慧海が横須賀の海軍基地と空母エンタープライズでの防御力強化訓練のために、無断で学園を休んだ時も、 暇さえあれば連絡橋のたもとを訪れ、あの橋の向こうから、慧海のキャディラックが帰って来るのを待っていた。 リムジンが学園敷地の入り口にあるゲートで停止する、通行人を弾き飛ばし突進してきた逢洲は、全力疾走の絶え絶えな息で、 既にラルヴァだと知っているリムジン運転手《ショーファー》の、高橋さんに慌しく挨拶をした後、早歩きで後部ドアの前に歩み寄った。 黒いパワーウィンドが開く、窓から見えるのは、半日会えなかった、慧海の顔、逢洲はにへら~と、笑ってしまいそうな顔を慌てて引き締めた。 「おい、デンジャー、ちゃんと会長を連れ帰ってきたか、まさかどっかに捨てたりはしてないだろうな」 後部座席の窓から見えるのは、慧海の顔だけ、逢洲としてはそれだけでご機嫌だったが、風紀委員として会長の安全も確認しなくてはいけない。 慧海は、窓から顔をつっこもうとする逢洲の唇に、指をそっと当てた、微かに残る硝煙の匂い、慧海の匂い、膝が砕けそうになる。 「しっ」 藤神門御鈴は、慧海の膝の上で、すやすやと眠っていた。 慧海の指を唇に感じ、うっとりしていた逢洲は、慧海の膝に頭を預ける御鈴を見て、ガーンという大文字が頭の上に落っこちて来たような顔をした。 「…く…くぅ~~!!だっこしてもらって…一緒にお出かけして…帰りは膝枕だとぉ~…会長だからって…会長だからってぇ~~~!!」 逢洲は、二本の刀を交互に、地面にダンダンと打ち付けながら、御鈴の役得に嫉妬していた。 横から、どこからかやってきた、書記の加賀杜紫穏が、ひょっこりと顔を出した。 夕方、橋のたもとで釣り糸を垂れながら、ドライバーの高橋さんにゲームを借りていたことを思い出した紫穏は、 多忙でなかなか捕まえられない高橋さんが、ゲートを通過するのを見て、竿を放り出して走ってきた。 電子生徒手帳の赤外線通信で、ゲームとセーブデータを高橋さんに返し、ちゃっかり新作を借りた紫穏は、後席を見てニヤついた。 「へ~、エマちゃん、ちゃんと会長の面倒みてんじゃない、いいお姉ちゃんだ、こりゃ」 慧海は、照れ隠しするように、御鈴の体の上にかけていた、3インチ縁《プリム》のテンガロンハットを掴み、被り直した。 革帽子の天辺にできた窪みに、こりゃいいベッドとばかりに丸まっていたびゃっこが「んな~!」と鳴きながら転がり落ちる。 「警護対象の人身人命だけでなく、メンタル面でのアフターケアも、用心棒《ゴリラ》の仕事の内だって、ね」 逢洲は、慧海のミニスカートの膝、生足に頬をすりよせ、涎をつけながら眠る御鈴を妬ましげに見ながら、吐き出すように言った。 「ふ…ふん!器用なゴリラも居たもんだ!」 逢洲のジェラシーを知ってか知らずか、慧海は深く被ったテンガロンハットの縁《プリム》から、青緑の瞳を悪戯っぽく光らせる。 「へ~、逢洲、知らないんだ?」 「……ゴリラはね……」 ・ゴリラ Gorilla 19世紀半ばに発見され、その外貌と映画「キングコング」から、凶暴な獣とされたこともあったが、近年の研究で、 植物を主食とし、サル目の中でも温和で繊細、争いを好まず、自分から攻撃を仕掛けることはめったにない事が知られている。 動物園のゴリラが、檻に落ちた人間の子供を、助けが来るまで傍で守っていた例や、群れ同士で言葉や鼻歌を使っていたという観察記録。 また、手話を覚えさせたゴリラが「死」の概念を理解したという実験結果等、ゴリラは数多くの驚くべき生態習性を持っている。 慧海は、オヤツの夢を見ているのか、足を甘噛みし始めた御鈴と、それを見て、また歯ぎしりする逢洲を見てから、 ゴリラが胸を叩く威嚇行為、争いが起きそうな時、争うことなく終わらせるためのドラミングのように、自分の胸を叩いた。 「あたし、よ」 起きる様子の無い会長、実は起きていて、もうちょっと甘えていたかった御鈴を両手に抱え、水分の待つ資料室まで運ぶ慧海。 その後ろから地団駄を踏みながらついていく逢洲と、この三人の様子が、なんだか面白そうなので一緒に行く紫穏。 御鈴をお姫さま抱っこで運ぶ、テンガロンハットを被ったチビの女の子、今日も戦い、御鈴を守った慧海の姿は、 幾千の軍隊に囲まれ、ビルの上に追い詰められながら、愛する女性を守ろうと奮戦した、キングコングに似ていなくもなかった。 ゴリラは 森の紳士と、言われている 醒徒会委員会日誌 風紀委員長 山口・デリンジャー・慧海 日付、更新日時見ろ 天気 VMC(有視界離着陸可能気象状態) 活動内容 今日はチビすけのゴリラ おわり
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サニーサイドアップ 本店:東京都渋谷区千駄ヶ谷四丁目12番8号 【商号履歴】 株式会社サニーサイドアップ(1985年7月1日~) 【株式上場履歴】 <大証JASDAQ-G>2010年10月12日~ <大証ヘラクレス>2008年9月5日~2010年10月11日(JASDAQ-Gに指定替え) 【筆頭株主】 次原悦子社長 【連結子会社】 ㈱ワイズ・インテグレーション 東京都港区 100.0% ㈲ワイズ・エムディ 東京都港区 100.0% 【沿革】 昭和60年7月 東京都中野区中野において、企業のPR(パブリック・リレーションズの略。以下、「PR」という。)をサポートするPR代行会社として株式会社サニーサイドアップを設立。 平成3年7月 宮塚英也(トライアスロン選手)とマネジメント契約を締結。マネジメント事業を開始。 平成5年5月 Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)発足にあわせ、サッカー選手に対するマネジメント業務を開始。前園真聖(サッカー選手)とマネジメント契約を締結。 平成7年7月 本社を東京都新宿区愛住町に移転。 平成10年1月 中田英寿(サッカー選手)とマネジメント契約を締結。 平成10年5月 中田英寿オフィシャルウェブサイトnakata.netを開設。 平成10年7月 マネジメント部(現マネジメント本部)を設置。 平成12年7月 エンタテインメント事業部(現企画開発本部)を設置。コンテンツ開発事業を開始。 平成15年6月 日本競泳界初のプロ選手として北島康介(水泳選手)とマネジメント契約を締結。 平成17年1月 本社を東京都渋谷区千駄ヶ谷(現在の本社所在地)へ移転。 平成18年2月 マネジメント本部内にアスリート部及びスペシャリスト部を設置。 平成18年7月 株式会社ワイズ・インテグレーションを完全子会社化。SP(セールス・プロモーションの略。以下「SP」という。)事業を開始。
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ラノで読む(ラノ向けに改行しているので推奨) やる気のない号令の後、喧騒がやまない教室から小さな人影が出てくる。ちょうど放課後となり賑わい始めた廊下を、他の人よりも若干遅いぐらいの速さで歩き続け、その足は職員室へと向かっていた。時折声をかけてくる生徒に軽く手を振って、職員室のドアを開ける。 「お疲れ様ですー」 心持ちソワソワしている同僚に声をかけてから自分の席に座ると、大きく伸びをした。 「いちおうひと段落だけど、休み明けが大変だなぁ……」 自席に置いてある卓上カレンダーを見ると、その日からしばらくは赤い字が並んでいる。赤いけれど赤字ではない。公休日を示しているだけだ。 四月末から五月の頭、ゴールデンウィークは双葉学園にも一応ちゃんと存在する。それを使えるかどうかは別として。 「休み明けからはエスカレーターじゃない子も異能関係の授業が本格的に始まるし、忙しくなるよね……」 カレンダーを見ている人物の頭は、ゴールデンウィーク後の予定を考えていた。事前にある程度目処をつけておいて、自分も少しぐらいは休みをとろう、という考えだったのだが…… 「……? はーい」 首からぶら下げていた教員証……学生証と同等以上の機能を持つ多機能情報端末となっている……が、音声着信を告げる。それを受けて通話を始めたその人物の顔に、疑問符が浮かぶ。 「……出張、ですか?」 こうして双葉学園の教師、春奈《はるな》・C《クラウディア》・クラウディウスのゴールデンウィークは予定でキッチリ埋まる事となった。 ******************* その日の夜。 都内某所……この場合の都内は、本土の事を指し、小笠原諸島や、双葉区は含まない。念のため……にある料亭に、彼女は呼ばれていた。春奈の興味は、目の前に並ぶ料理よりも、彼女を呼んだ人物にあった。その人物はきっちりとスーツを着込み、彼女の目の前に座っていた。一方の春奈は、呼ばれてすぐに出発したため、ほぼ着の身着のまま、しまらない私服姿である。高級料亭という場所の雰囲気と、明らかに不釣合いだ。もっともそれは、呼び出した相手の方にも言えるのだが。 「お久しぶりです、柴咲さん。えーっと、十年ぶり……かな?」 「ああ、そちらは変わりないようだな」 「昔より痩せちゃいました。柴咲さんは……なんというか、落ち着きが出ましたよね」 柴咲結衣《しばさき ゆい》。彼女も双葉学園の卒業生であり、春奈から見ると一つ上の学年だ。当時は風紀委員として活躍し、現在は宮内庁式部職祭事担当、第三課の室長という立場に居ると記憶している。春奈とそれほど変わらない(つまりは小柄な)体躯をスーツで包んでいる様は、一見すると背伸びしている小学生だ。もっとも彼女が纏っている気配は、学園に居た頃とはずいぶん変わっている。それが激しい鍛錬を積んだ結果である事を、春奈は知らない。 「まあ、それはいいとして……仕事の話に移ろう。それを見てくれ」 言葉尻を濁した結衣が、話題を修正するように持ってきた資料を春奈へ渡す。 「えーと……これは?」 「犯行予告、らしい。何カ国かの異能者組織と、その国にあるテーマパークに向けて宛てられたものだ」 封筒には書状のコピーが何枚か入っており、様々な言語で抽象的な、今ひとつ意味が捉えにくい言葉が綴られていた。 「何で防衛省とかアリスじゃなくてそっちに行ったんでしょうね……あ」 呟きながら予告状を見ていた春奈が、それら全てに共通で含まれている固有名詞に気づいた。 「……”マスカレード・センドメイル”」 その名前は、ある程度異能力者の裏社会を知っている者なら、すぐに引っかかるものだろう。 その組織は、言ってみれば『美』を主張する人間の集まりである。もっとも、その主張方法は恐ろしく過激だ。かつては異能を以って『芸術品』を作成、それを様々な方法で世界に誇示する組織であったが、十年前に首領を含めた幹部が一斉に居なくなるという事件が発生、現在はテロを通じて『美』を主張する危険団体として認識されている。春奈も何度か、『テロとの戦い』に駆り出された経験がある。 「各国のテーマパークを、ここ十日間のうちに焼き尽くす……そう予告している。これを阻止して欲しい、というのが『仕事』の内容だ」 「ちょうど日本だとゴールデンウィークですよね……休んでもらうにしても期間が長すぎるし……」 「問題なのは、具体的な日時を指定していない事と、『来客を巻き込む』と明記しているところだ。組織自体は叩くのに規模が大きすぎるうえ、実行犯の目星がつかぬから先回りして潰す事もできない」 「予告状をサイコメトリー系の人に追ってもらえば……」 「もう試したが、発信者は操られてこれを作ったうえで、操ったものは痕跡を見事に消去していた……まあ、無駄足だな」 「……結局、水際作戦しかない訳ですね」 「本来ならテーマパーク側に運営差し止めを依頼してでも捕まえなければならぬところだが……」 「問題は、そのテーマパークが……ですね」 世界中に展開しており、小さな国家ほどの財力と力があるそのテーマパーク相手には、そう簡単に口出しすることが出来ない。公にできない『異能者』が絡むのなら、尚更だ。 「彼らの方でも、警備を増員すると言っているが、異能者が相手では分が悪い。もし学園の人員が必要なら、我が学園に掛けあおう」 「お願いします……って、まだ受けるって答えてないですよね?」 「受けるだろう?」 「受けますけど……あ、まだお夕飯食べてないんですけれど、ここで食べていってもいいですか?」 「ああ、ここの勘定ぐらいなら経費で落ちるだろう」 ……後日、宮内庁に送付された請求書の額に、結衣が頭を抱えたことは容易に想像できるだろう。 ******************* 翌日、千葉県浦安 「そっちは大丈夫かな。正面ゲート班、そちらはどうですか?」 テーマパークに存在する事務室内で指揮を執る春奈。一般の従業員には要警戒を伝えてはいるが、実際に何が起こっているか、起こるかもという事を知っているのは、春奈以下、派遣された対異能テロ対策部隊のみである。 そして現状、怪しげな動きは見つかっていない。 (それにしても、テーマパークかぁ……) マイクを手配している従業員にはマイクで、異能部隊のメンバーには異能で、それぞれ指示を送りながら考え事を続ける。 「……出来れば、別の機会に来たかったけどなぁ」 着ぐるみの従業員に、こっそりと異能を使ってその感覚を覗き見する。視線には、笑顔を見せている子供の姿。 「……暑い……」 リンクしているせいで、その蒸し暑さまで感じてしまうのが、彼女の異能の悩ましいところだ。 そうして一日、二日と警護を続けているが、何かが起こる気配はない。時期が時期なために、恐らく普段より多くの人が来ているのだろう。賑わってはいるが、小さなトラブル以外に騒動は起こっていない。 「確かにいつ来るかは分からないけど、ねえ……」 学園から呼んだ助っ人の学生も、許可を出して遊びに行っている。本職の警備員……中にはテーマパーク側がどこからか集めてきた、異能者の警備員もいる……は相変わらず目をひからせているが、なかなか引っかかる相手はいない。 「このまま終わってくれれば、平和でいいんだけど……」 そんな事を言いながら、息抜きに外へ出た。 家族連れやカップル、後は女の子の友達同士といった人々が大半を占めている。時々一人で来ているような人も居るが、まあそれはそれだ。皆、一様に笑顔を見せている。 「……いいなぁ」 そう呟くが、現在は仕事中。気を抜くことはできない。 大きく伸びをしたところで、自分の方を不思議そうに見ている子供の視線に、春奈が気づいた。 それに無言で笑みを見せ、素直に戻ることにする。 事件が起こったのは、平日を三日挟んで(その日は代打の人を呼んでちゃんと授業には行った)休みも終盤に入った五月四日。 「……へ? 怪しい人を見つけた? そのまま監視を続けてください。あたしもすぐ、そちらへ向かいます」 無線で普通の警備員に指示を飛ばしながら、学園の生徒や異能持ちの警備員にもテレパシーで指示を送る。 『ショップ近くで不審人物を発見という一報が入りました。そちらへ向かって……アトラクションに乗ってる人は終わったらすぐ来てください!』 連絡しながら、自身も立ち上がって問題の箇所へと走る。 彼女が到着したとき、それらしき動きはまったく見えなかった。 「……あれ?」 右を見ても左を見ても、それらしい影はまったく見えない。 「もしもし、例の人は……え、もう行った?」 慌てて無線で警備員に連絡を取るが、その返答は『不審な行動があった為、警備室に連行した』というものだった。 「……えーと、あたし、役立たず?」 こちらを見上げてくる子供に、情け無さそうな笑いを見せたのち、その詰め所へ向かった。 連行された人物を取り調べると、所持品検査で爆発物が発見されたという事で即刻連行された。動機は警備室では離さなかったが、持って来た爆弾をテーマパークの何処かで使うつもりのは確かなようだ。 「これで一件落着、ですかね?」 「……どうだろうね」 呼び出した生徒にそう話しかけられるが、春奈は首をかしげるだけだった。 その夜、テーマパークの近くにあるホテルで、春奈は結衣へと連絡をつける。 「ニュースで報道されてたんですか? まあ、それはいいとして……」 彼女の話だと、各地の実行犯は次々に捕縛されているとの事らしい。残っているのは日本ほか二、三箇所。日本の方も問題ないという連絡を入れた。 「はい、そっちはお任せします。それで、お願いなんですが……はい……はい、それじゃあ、お願いします」 電話を切り、ベッドへと身体を投げ出す。 「あーあ、明日は早起きしなきゃ……」 ホテルでの柔らかいベッドで寝るのも今日で最後かなぁ、と頭に浮かべた。 翌日、五月五日の早朝。まだ日が出るかどうかという時間帯。 このテーマパークの隠れた特徴として、まったくゴミが落ちていない、という事がある。スタッフの努力の賜物である。 その、誰も居ない場所に、一人の子供が立っていた。会場前のスタッフが巡回している筈なのだが、まったく彼……いや、彼女か……の存在には気づかない。 空を見上げているその子供が、懐から何かを取り出した。それは朝日を浴びて様々な色に光り、虹のようにも、油のようにも見える。 それを地面に置こうとしたところへ、女性がその人影へ声をかけた。 「どうしたのかな? まだ開場には早いよ?」 その声をかけた女性……春奈が、その子供へと声をかける。子供は、なぜ自分が見つかったのかと不思議そうな顔をして見上げてきた。何度か彼女を見上げたのと、同じ表情で。 「なんで見つかったんでしょう? 仲間がちゃんと不可視の能力を使ってる筈なのに」 「その人も、もう連行済みだからね。彼から計画は全部聞かせて貰ってるよ。素直に投降して欲しいな。マスカレード・センドメイルの刺客さん」 春奈がそう話しかけるが、子供は微動だにせず、手に持ったものを地面に置こうとする。 「ストップ! あなたがやりたい事は、だいたい分かってるよ。教えてもらったからね……あなたが毎日ここに来てたのは、『それ』を作る為だった、って事も分かってる。あなたが抱えているのは、とても危険なものだから、そのまま手に持って、離さないで」 教えてもらった、という言葉に反応して、その子供は小首をかしげた。 『周囲の人間から漏れ出す感情を集めて、時限発火式の爆弾を作る』 それが、春奈の目の前に存在する子供が持つ異能であり、日本で発生させるテロの鍵となるものであった。 「あの人、喋ってしまったんですか?……芸術へ身を捧げる覚悟がなってません」 「あなた達の言う『芸術』は、あたしには理解できませんから。各地の似たような異能持ちの人達はもう捕まってるよ……やめては、くれないかな?」 春奈の声も無視して、どちらの性別か分からない子供は淡々と話を続ける。 「芸術を示すのが第一の目的。それが成せないなら生きてる理由もありません」 「それは、誰に教えられたのかな?」 春奈の言葉に、子供がハテナマークを浮かべた。何を言っているのか理解出来ない、といった様子だ。 「……そんな事、ありません。私の感性がそう訴えてきたんです」 「うん、それはそうなんだろうけどね。ただ、どんな人でも、自分一人で完結している、ってことは有り得ないから。あなたにも、そういう『影響を受けた人』が居るのかな、って」 「そんな事……!!」 「……できれば、その爆弾に込められた人達の思いを、あなた自身が感じてくれてもいいんじゃないかな」 明らかに狼狽している子供を見て、春奈が軽く右手を挙げた。 「……柴咲流、封陣縛鎖陣」 一呼吸の間も与えずに荒縄が爆弾を持つ子供に襲いかかり、次の瞬間には雁字搦《がんじがら》めに縛り上げていた。 「え? これ……」 「ごめんね。こうでもしないと、やめてくれないだろうから」 縛ってはいるが、それほど強くはない……が、いくら子供が身を動かそうとしても、それは微動だにしない。それどころか、咄嗟に爆弾を起爆させようとしても、それは全く反応せず、奇妙な光を発するだけだ。縛られた相手の異能を封じる、ラルヴァの動きをも封じる秘技が、子供の動きを完全に封じた。 「皆さん、お願いします」 春奈の声に応えて、隠れていた異能持ち警備員がその子供を連行する。 「柴咲さん、ありがとうございました。わざわざ出張ってもらって……」 「構わぬ。必要だから呼んだのだろう?」 春奈が疲れたような表情を見せ、それに結衣が真面目な表情で答えた。 ******************* その夜、近々始まる授業の準備をしていた春奈に結衣から連絡が入った。内容は、テロ犯である子供の取り調べ内容。 『両親ともマスカレード・センドメイルの人間で、その親から赤子の頃から教育をされていた、という所までは証言がとれた。それ以上はまだだが、組織の核心に迫るような情報は無さそうだ。ちなみに先日の爆弾魔は、まったく関係ない愉快犯だったそうだ』 「うん、うん……なるほど、お疲れ様です」 『……あの時に言った台詞、あれは奴に向けただけでは、無いだろう?』 「ああ、あの言葉……そう、ですね」 『誰かに教えられた言葉……だが、それは悪いことばかりではないだろう?』 「そう続けようと思ったんですが、あまり刺激して爆破しちゃったら大変ですし」 苦笑いを浮かべる春奈だが、その雰囲気は電話の向こうにも通じたらしい。 『……学園の未来は、教師であるそなたにかかっていると言っても言い過ぎではない。よろしく頼むぞ』 「あはは、言い過ぎですよー。言われなくても、頑張ります……そう言えば、柴咲さんは学園に来ないんですか?」 『一度顔を出さないと、とは思うのだが。忙しくてな。では、また』 通話が切れ、部屋に静寂が戻る。 「……自分で言ってて、あんまり説得力無いよねえ。あたしの言葉も、やっぱり影響与えてるんだよね……」 しばらく天井を見上げて考えを続けていたが、頭を切り換えて準備に専念する。 「……けど、一回ぐらい遊びに行っても良かったかなぁ」 遊園地とかテーマパークとかいう場所に縁がない彼女ではあるが、興味がない訳ではない。むしろ興味津々である。 「……今度、提案してみよ」 実際にそれが通るかどうかはともかく、一応学園にお願いしてみようと決めた春奈は、それを一度頭の隅に追いやって授業の準備を続けることにした。当面は、ゴールデンウィーク明けの授業計画を練らないといけない。 「自分の言葉が影響を与えるなら、せめていい事を伝えないとね……あれ、これも誰かの受け売りかな?」 頭を捻りながら、とにかく目の前の事を片付けるようと目の前の書類をいじり始める。心なしか、顔が少しだけ真面目になったようにも見えた。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る
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ナルヨーサンハ(ナルヨー・サンハ) ゾロアスター教の火の神。 神霊ヤザタの一人。 神の伝令者、使者。 別名: ナイルヨーサンハ
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ユーリーサンセイ(ユーリー3世) モスクワ大公、ウラジーミル・スーズダリ大公。 関連: ダニールアレクサンドロヴィチ (ダニール・アレクサンドロヴィチ、父) エヴドキヤアレクサンドロヴナ(2) (エヴドキヤ・アレクサンドロヴナ、母) コンチャーカ (妻) 別名: ユーリーダニーロヴィチ(2) (ユーリー・ダニーロヴィチ) ゲオルギーダニーロヴィチ (ゲオルギー・ダニーロヴィチ)
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ラノで読む 怪物記 おばけにゃ学校も試験も何にもない ――ゲゲゲの鬼太郎 それは日常と言って差し支えない時間だった。 ある日の昼下がり、私はレポート執筆の休憩にリビングで日本茶を啜っていた。隣では八雲が少し欲張りに日本茶とジュースの両方をテーブルに置いて、のり煎餅をぽりぽりとかじりながらTVを見ている。 TV画面に流れるCMは国内最大の某魔法の王国のものだ。クリスマスの楽曲をバックに個性的なキャラクター達がライトアップされた山車に乗ってパレードしている。 『東京ディズニーランド・クリスマスファンタジー☆』 懐かしい。随分と昔の、物心ついて間もない頃の話だが家族で行ったはずだ。おぼろげだが兄と揃ってホログラムのお化け屋敷を随分と怖がっていた覚えがある。姉が私を絶叫マシンに乗せようとして係員に止められていたのも記憶にある。本当に懐かしい。恐ろしい、姉が。 それにしても、もうクリスマスになるのか。月日の過ぎるのは早いものだ。あれからそれほど経過してないように感じるのは気のせいだろうか。 そんな感想をぼんやり考えていると、トントン、というノックの音が我が家の玄関から聞こえてきた。 どうでもいいことだがドアをノックする客は初めてかもしれない。 ドアの向こうにいたのは、久留間戦隊のメンバーの一人で夏の兎狩りでも一緒だった伊緒君だった。 「こんにちは学者さん! すごく困ってます! 【幽霊事件】です! 幽霊が出たから助けてください!」 伊緒君は小柄な体の身振り手振りの自己主張と「!」の乱発で用件を伝えてきた。 私は「幽霊は少し時期外れだな」と思いつつ返答した。 「うちはゴーストスイーパーじゃないんだが」 「知ってます! でもラルヴァの学者さんです! だから何とかしてください!」 幽霊は人じゃない→ラルヴァは人外の総称→幽霊はラルヴァの三段論法である。 まぁ、幽霊が人じゃないかどうかは判断の分かれるところだが。 「いまいち話がわからないので詳細を聞きたいんだが、上がっていくかね?」 「はい! あ、おやつ時なので何か出してください! 飲み物は牛乳で!」 ……この子は奔放な性格が少し助手に似てるな。 将来心配だ。 十分後、伊緒君が牛乳と煎餅を平らげたところでようやく話を聞くことが出来た。 「要するに旧教育施設に幽霊が出た、と?」 「はい! 出たんです!」 旧教育施設。それは双葉学園、いやこの学園都市が建設され始めて間もないころに建てられた施設である。 学問を中心とした校舎ではなく双葉学園に通う学生――異能力者の訓練を専門とした教育施設であり、既に廃棄された施設だ。 同様の施設は学園都市の地下から山中に至るまで無数にある。だが、その旧教育施設は1999年からの大量出生直後、入学する異能力者の試算が正確でなかった2000年始め頃に突貫で建築されたものであった。そのため今は御役御免となり使われなくなった代物だ。 「たしか新しい施設を建てるために取り壊されると聞いていたが……」 この学園都市は東京湾上の埋立地。土地は有限であり、新たに何かを建設しようとすれば不要な建物を潰してその上に建てる必要がある。 「ボクたちがアルバイトで取り壊してました!」 「なるほど」 学園都市では技術を要さない土木作業は稀に異能力者の学生に回ってくることがある。 何分、異能やラルヴァなど一般社会にばれたらまずいもので溢れ返っているので建設会社をホイホイと学園都市に入れるわけにはいかない。 学園都市には建設部や大工部といった学園都市内の建築業代行機関も存在するが彼ら彼女らの人数は限られている。 そのため、単に『壊す』『運ぶ』といった作業は一般の身体強化系や超能力者、超科学のロボット使いに回ってくることがある。【家袋】の一件のように異能力者の力をもってすれば大抵の建築物はバラバラにできるし、その方が安く済むというのもあるだろう。 「その作業中に幽霊が出てきたのかね?」 「はい! それはもうおどろおどろしかったり可憐だったりエイリアンだったりスーパーロボットだったりバリエーション凄まじい幽霊だったみたいです!」 「待て。ちょっと、待て」 途中からおかしい。明らかにおかしい。 「エイリアンとスーパーロボットは幽霊じゃないだろう」 「でも半透明でスゥッと消えてしまったそうです! だから幽霊だって言ってました! きっと施設の事故で亡くなった生徒とか学園都市を建設するときに潰したお墓や神社やUFOやロボット秘密基地の祟りです!」 生徒はともかく、UFOや秘密基地は祟るのだろうか。 そもそもこの学園都市は海上の埋立地だからそういった土地のあれこれとは無縁に思える。まぁ、知らず知らずのうちに海神やら旧支配者やらの祠を埋めてましたくらいはありそうな世の中だが。 「見鬼や霊能の生徒は尋ねてみたかね?」 「はい! でも入っていった見鬼の人は『気配はありそうだけど姿は見当たらない』って言ってました!」 「……ふむ」 微妙なところだが……行ってみるか。ひょっとしたら珍しいケースの幽霊かもしれない。 「わかった。なら現場を見に行こう」 「ありがとうございます! さっそく行きましょう! 案内します!」 そう言って伊緒君はリビングと繋がる玄関から先に外へと出て行った。……まぁ、案内されなくても場所は知っているのだが。 「八雲、少し出かけてくるから留守番をしていてくれ。夕飯までには帰ってこれるだろうがもし遅くなったら大車輪かピザハットの出前でも取ってほしい。お金はいつもの場所に置いてある」 「わかった。いっしょにおるすばんしてる」 第十話 【幽霊】 ・・・・・・ 状況の整理。 本日の午後一時過ぎ、旧訓練施設の解体作業を請け負っていた学生一同は旧施設第二訓練場の解体に着手した。 彼らは手始めに自分たちで施設内の調査を行ったらしい。もちろん事前調査は学園側で済ませているのだが念のためだ。もしも近所の子供でも入り込んでいたら大事になりかねない。それはなくても猫の多いこの学園都市のこと、内部で猫が巣を作っている可能性も大いにあった。 そうした理由で彼らは内部に入って調査をしたのだがそこには予想外の存在《モノ》がいた。 幽霊。日常でも簡単に見受けられる言葉、そしてこの学園都市では実在も珍しくはない存在だ。 しかし彼らが遭遇したのは幽霊にしては多種多様の……と言うよりは何でもかんでもと言った方がしっくりくるモノであったらしい。人型、獣型、ロボット型、エイリアン型。訳も区別もまるでわからぬほどの幽霊の群れ。むしろ本当に幽霊であるかも疑わしいほどであったという。 しかし遭遇した生徒の投げた物品や振るった手足はそれらが存在しないかのようにすり抜け、それら自身も存在していなかったように消えうせたという証言がそれらが幽霊である証左となった。 かくして現場は騒然とし、見鬼の異能力者に協力を要請するも詳細はわからず、混乱は増し、作業従事者の一人であった伊緒君が割合独断で私を呼んできた、という顛末になったらしい。 伊緒君から聞いたそれらの情報を脳内でここまで咀嚼するうちに(伊緒君の証言は量こそ多いものの要領は得ないものがほとんどだった)、私の運転する車は旧訓練施設に到着した。 旧教育施設は思ったよりも自宅マンションに近く、その気になれば歩いてでも一時間せずに往復できそうな距離にあった。 施設の周りには十数人の生徒が見受けられ、その何人かの傍らには二、三台の重機紛いの何かが鎮座している。 一方でそれと同数ほどの生徒や重機モドキは施設のほぼ反対側に取り付き、壊し、破片をトラックへと運んでいる。解体されている建物は壁のコンクリートや木材が剥がされて鉄骨が剥き出しになっていた。 「作業は進んでいるらしいな」 「あっちは幽霊が出なかった棟です! ボクらの担当場所でだけ幽霊が出ました!」 なるほど。 「現場の第二訓練場は?」 「あの体育館みたいな建物です! あれが幽霊の出た場所です! 幽霊屋敷です!」 彼女が指した建物の外観は確かに体育館に似ている。だから幽霊屋敷という呼び方がミスマッチのしようすらないほど似合っていなかった。 「ふむ」 しかし旧施設の第二特殊訓練場か……前にも聞いた覚えがある。うろ覚えだが那美君からだったはずだ。 たしかあの建物は……ああ、なるほど。 「これは……現場に入る前にあらかた解けてしまった、のか?」 「え?」 「まあ、いいか」 いま私が考えている通りだとは思うが確証を得るためにはやはり現場に入った方がいいだろう。 「では入ってみよう」 「はい! あ、見鬼の人とか呼びますか?」 「恐らく手を煩わせるまでもないだろう。これはそういう事件だ」 事件と言えるかは判断の割れるところだが。 伊緒君が現場の責任者に話を通し、渋々ながらも許可をもらい、我々は施設の中へと足を踏み入れた。 第二特殊訓練場へは隣接した施設の二階から渡り廊下で進入する必要があったのでまずは隣の福祉棟を通ることとなった。 福祉棟は医療施設や休憩室などが集まっており、訓練による負傷の治療や合間の休息に使われていたらしい。当然だが今となっては使用者は皆無で、掲示板に張られた十年近く前の日付が書かれた催し物の告知ポスターが放置されてからの年月の経過を物語っている。 ここは第二特殊訓練場だけでなく、現在解体中の第一特殊訓練場とも隣接しており、施設の地図と衛星写真では両端が丸いTの字に 「ここって上から見ると男の人のチ○コみたいですね!」 「…………」 女の子が堂々とそれを言うのは如何なものか。しかも語気強めで。 「じゃあ右の金○を目指して進みましょう!」 ……決して悪い子ではなさそうだが自宅でのことといい発言内容に難あり。 変な形でテンションを落としながら歩いていると、廊下や天井の端々からピシリ、ピシリという音が聞こえてきた。 「こ、これは! 噂の怪奇現象ラップON!」 「その発音だとまるでサランラップをかけていそうだが」 それにこの音は隣で工事をしている影響で怪奇現象とは無関係だろう。 しかしよくわかっていないらしい伊緒君はどこか怯えている様子だ。 「うぅ! やっぱり幽霊は苦手です! 殴れませんボコれませんプチッできません! 何より死んでるから殺せません!」 ……怯えている、か? 「まぁ、死んでるから殺せない……とも限らんがね。別に幽霊は死んで幽霊になったものだけではない」 「? どういう意味ですか?」 「では簡単に説明しよう」 私は歩きながら話すネタとして幽霊についての解説をすることにした。 「幽霊と呼ばれているものは大まかに分けて四種類ある。一つ目は生まれたときから幽霊だったラルヴァだ」 「それすごく矛盾してません!?」 「かもしれない。ただラルヴァにはそうとしか言いようのないラルヴァはそれなりにいる。どちらかと言えば【オバケ】に当たる。おばけのホーリーやゴーストバスターズのスライマーあたりがいい例かもしれない」 「なんですかそれ?」 …………ああ、うん。ジェネレーションギャップして当たり前のネタだったよ。 「まぁそれは置いておくとして二つ目は人間が死んだ後に霊魂と魂源力のみの存在になることで生まれる幽霊、一番わかりやすい意味での幽霊だ」 「四谷怪談ですね!」 「四谷怪談に限らんがね。これは出自が出自なのでラルヴァと言うかは難しい」 ラルヴァ学会でも意見が割れていたはずだ。 「三つ目は人間や動物の死骸を用いて生み出されたあれこれだ。二つ目の幽霊と違い自然発生でなく人為的な……ネクロマンシーや僵尸術、フランケンシュタイン作成法によるものだ」 「それ幽霊っぽくないですね!」 「実体はあるし魂も入っていたりいなかったりで、不謹慎な言い方をすればホラー映画ではなくパニックムービーの域だから余計にらしくない、っと……」 そう言えばマシンモンスターやメルカバもこれに当たるのか。本当に不謹慎だ。 「それで四つ目は?」 「四つ目は……まぁ後で言わせてもらう。恐らく今回の件は四つ目だろうからな」 解説している間に渡り廊下も渡り終え、私と伊緒君は第二特殊訓練場に足を踏み入れた。 第二特殊訓練場の中はうっすらと埃が積もっているものの老朽化などはまだあまり見られない。建設されてから二十年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、見た目は今でも十二分に使用に足る印象だ。 入り口横の施設内地図を見ると中心に厚い壁を挟んで二つの大部屋があり、その周囲に通路や関係した部屋が配置されているようだ。 どうやらここにある二つの扉の先を通ってそれぞれの大部屋にいけるらしい。 「幽霊は大部屋で?」 「そうです! 右と左のどっちに出たのかは聞いたけど忘れちゃいました!」 忘れるな。 「仕方ない。手分けして両方とも調べよう」 「え? 学者さん雑魚なのに一人で大丈夫ですか!?」 「……まぁ、大丈夫だろう」 エレメンタル幽霊相手なら君だって手も足も出ないだろうに。いや、手足は出ても箸にも棒にもかからないのか。 そんなやりとりをして私と伊緒君は右と左それぞれの大部屋へと向かった。 大部屋へと通じる通路は隣の福祉棟と大差なかった。強いて言えばここには掲示板などないし告知ポスターも貼っていない。代わりに埃だらけの壁にいくつもの小さな手形がくっきりと見て取れる。おまけに床にはちらほらと黒い髪の毛が落ちていた。 ……はて、もしかするとこれはかなり怖いんじゃないか? 「いや、今回の件の真相に怖い要素などないはずだ。ないはずだ」 私は自分の推測の確かさを信じて浮かびかけた「怖い」という感情を抑え込んだ。しかしまだ少し抑え込みが足りない。こういうときはどうすれば……そうだ。 「歌おう」 怖いときは(まだ怖くなどないが)歌えばいいと子供のころ誰かに聞いた気がする。 という訳で歌う。選曲は陽気な曲だ。 「あったまてっかてーか」 お? 「さーえてぴっかぴーか」 これはいい。一気に気分が楽になってきた。こうすれば良かったのか 「そーれがどーしーた」 「ぼくドラえもん!」 ぎゃあああ!? バァン!と勢いよく開かれた扉と思わぬ合いの手に私は心底仰天した。 扉から登場したのは……。 「……………………何だ伊緒君か。君の担当は左側の部屋のはずだが」 「こんな場所で急にドラえもんの歌が聞こえてきたら気になって飛んできますって!」 ……危ない。本当に危ない。危うく悲鳴が口から飛び出すところだった。さすがにそれは少しみっともない。 「でも25にもなって怖いからドラえもんの歌を熱唱とかみっともないですね学者さん!」 やはりこの子は自由に酷い。そして穴があったら入りたい。 いや、違うんだ。普段はこんなに恐怖心は抱かない。ラルヴァの巣窟に放り込まれてももっと落ち着いている自信と落ち着いていた記憶がある。 今回のこの場所の雰囲気はいつもと系統が違うと言うか幼いころのトラウマを刺激されると言うか……。 などという脳内言い訳を並べているうちに伊緒君はひょいひょいと先へ進んでいく。 「ボクの行った方は通路にこんな手形や髪の毛はありませんでしたし、こっちが当たりですね!」 だそうだ。 なるほど、それならこちらが事件のあった場所だろう。 そしてきっとこの手形や髪の毛はここを調査しに入った作業従事者のものだ。明らかに小さな子供のものだが異能力者ならばおかしくはない。そうであってくれ。私の推測と心身のバランスのために。 通路を進んだ先の扉を開けると、そこはまるで体育館のような広い空間だった。この施設の外観は体育館に近かったが中身も同様であったらしい。 しかし床の材質は一目見ただけでも木やリノリウムとは異なった。どこか透明感があり、屈んで手で触れてみると硬質ながらも微かに柔らかい感触が返ってきた。 壁には窓がなく完全に密閉され、見上げれば天井には何がしかの機械が設置されている。なるほど、そういったところを見るとここはやはり体育館ではなく訓練場、もしくは実験場、あるいは……。 と、そこまで頭の中で考えを巡らせてようやく窓のないこの部屋に機械が設置されているのが分かる程度には明かりがついていることを理解した。廃墟とされながらも電気は変わらず通っているらしい。 となると、私がここを訪れて最初に打ち立てた推測の確度はぐんと上がった。 「さて、推測が当たっているか試してみるか」 私は伊緒君に先んじて大部屋の中央へと歩き出す。 室内を歩く私を察知して――あるいは私に反応して――薄暗闇に某かの幻像が浮かび上がった。 幻像はおどろおどろしい化物であり、エイリアンであり、ロボットであった。 多種多様というよりは雑多に、統一性も無く、幽霊と呼ばれた幻像はそこに立っていた。 しかしその幻像は……。 「やはりこれは」 「キャーーーーーーッ!」 一拍遅れて、幻像が何であるかに気づいた伊緒君が絶叫を上げる。 ――それと同時に私は気づいた。 彼女の絶叫が先ほど私の上げかけた驚愕恐怖の絶叫ではなく……絶叫マシンに乗ったときのそれだということに。 振り返れば既に彼女は両手を振り上げて跳躍している。 跳躍の着地点は幻像の群れの真っ只中であり、私の眼前だ。 私が慌てて後方に駆け出すのと、彼女が着地代わりに両手を振り下ろしたのは同時であり ――次の瞬間には大部屋の床は完全に粉砕されていた。 ・・・・・・ かつて【家袋】の事件の折に久留間君に質問したことがある。 その事件で私は彼女の率いる久留間戦隊のメンバー、藤乃君の尋常ならざる防御力を目にし、気になって聞いてみたのだ。「他のメンバーも同様に何かに特化しているのかね」、と。 そこでメンバーの能力について色々と聞いたのだが、その中でも伊緒君について久留間君はこう語っていた。 「伊緒ですか? メンバーの中でも一番幼いですけど、単純な腕力なら戦隊でもピカイチですね。私と藤乃はこの屋敷のラルヴァを解体するのに十分くらいかかっちゃいましたけど、伊緒なら三分でやれます。車を叩けば百メートルくらい飛んだ後で爆発しますね。アラレちゃんみたいだと思いません?」 ・・・・・・ 笑う久留間君に「それは腕力ではなく破壊力だ」とつっこんだのを思い出したところで私の回想は終了し、私は目を覚ましていた。 どうやら少し気絶していたらしい。 「学者さーん! 生きてますかー! 意識ありますかー!」 「……そういうことを確認しなければならない事態だったのが分かる程度には」 自分の意思と関係なく寝転がった姿勢になっていた私は寝転がったまま視線を巡らせる。しかし、先刻はうっすらと見えていたはずの室内の様子が暗闇ですっかりわからなくなっている。どうやら崩れた際に光源をなくしたようだ。 「学者さーん! どこにいますかー! ぐりぐりぐりぐり!」 「痛い痛い痛い痛い、伊緒君踏んでる、私を思いきり踏んでる」 「あ! すみません! 暗いからわかりませんでした!」 本当か? 「兎に角、こう暗くては確認のしようもない。伊緒君、壁のどこかを壊してくれ。それで外の光が入ってくるはずだ」 「はい! てやぁ~~~~……イタッ!?」 伊緒君の悲鳴と、ガラガラという壁の崩れる音が響く。外光が室内に差し込み、視界が回復する。伊緒君は額を押さえていた。どうやらパンチか何かで穴を開けようとしたが暗闇で距離を誤って顔面をぶつけたらしい。……顔面でも壁を崩せているのが恐ろしいところである。 次いで私は自身と周囲の様子を確かめる。幸いなことに床は崩れてもそう深くは落ちていなかったようだ。そうでなければ重傷を負うか生き埋めになっていただろう。いや、それでも下半身が埋まっていた。幸い砕かれて小さくなった床の破片ばかりで重くも痛くもないが……頭の横に突き立っている尖った残骸を見てぞっとする。 「…………次からは周囲の人間にも気をくばってくれ」 「学者さんがあの程度も自力じゃどうにもできないへっぽこ人間なの都合よく忘れてました!」 「突然床が吹っ飛んだら一般人の99%はどうにもできないと思うのだが……」 私は伊緒君に引き起こされて小生き埋めから抜け出た。 「それで学者さん!」 「なにかね?」 「これ、何ですか!」 伊緒君は一面に広がる残骸をざっと指差した。 先刻も少し触れたようにそれらは床の破片だ。よくわからない材質で出来た不思議な質感の破片である。 しかしそれは床の表面だけの話だ。 床の内側、カバーとなっていた表面の内側には機械が並べられていたらしい。砕けているものが多いのでよくわからなくなっていた。しかし日の光で崩れる前よりも明るくなった室内で天井を見上げれば、天井に設置されていた機械がその残骸と似た形をしているのがわかった。 「……やはりな」 こうして確認するまでは本《・》物《・》の可能性もあったが、結局は私の推測どおりだったらしい。 「伊緒君、これが何か……そしてここが何だったのか。両方の答えがこれだ」 私は床に落ちていた残骸の中で比較的分かりやすく、かつ私が持てる程度に小さいものを選んで伊緒君に渡した。 「これって……カメラ?」 彼女の言うとおり、それはカメラのレンズ部分によく似ている。しかし、ある意味では真逆だ。なぜならそれは写すものではなく映すものだからである。 「プロジェクターだよ。昔の超科学技術で作られた立体プロジェクターだ。色々なものを映せる。幽霊も、だ」 「……へ?」 さすがに二十年近くも前の代物だし画像も荒かったな。目撃者が本物と間違えたのは、この双葉学園の生徒だから、といったところか。 「あの、結局どういうことですか!?」 「要するに、ここは幽霊屋敷ではなく……遊園地のお化け屋敷だ」 ・・・・・・ 私が那美君から聞いていたこの施設の概要は以下のようなものだった。 この双葉区、学園都市、そして双葉学園が設立されたころ、この街を設立した異能力者や日本政府は様々な苦悩を抱えていた。苦悩の多くは今回の件に関係ないが、一つ大いに関係がある苦悩があった。 それは、『子供たちをどう訓練すればいいかわからない』ということである。 二十世紀末に起きた異能力者の爆発的な増加により生まれた多くの幼い異能力者の受け入れ先であり、異能の制御とラルヴァとの戦い方を教える双葉学園にとってこの苦悩は不可避であった。 増加以前の日本にも異能力者の組織と訓練のノウハウはあったが、それらのノウハウはあまりにも多様であった新しい異能力者に対応し切れなかったのだ。 超能力、身体強化、魔術、超科学の四系統。さらには個人個人であまりにも異なる資質。古くからの訓練方法では多様すぎる生徒を持て余したのである。例えると野球やサッカーのコーチしかいなかったのにアメフトやセパタクローの選手を教えることになったようなものだ。 ゆえに設立者達はまず『どんな異能でも幅広く対応できそうな訓練施設』を目標に施設の設計と建築を行うことにした。先のスポーツの例えに繋げて例えると、技術ではなく基礎トレーニングに該当する施設の建設だ。 その一つが第二訓練場であり、施設のテーマは『ラルヴァと戦う心構えを身につける』である。 訓練をつんでラルヴァの討伐や撃退を行うよりも前に、予めラルヴァと戦えるだけの精神力を身につけさせるため第二訓練場は当時最新の立体ホログラフィを使って本物さながらのラルヴァを相手に訓練をつませようとした、のだが……。 設計者の目論見は失敗に終わった。 その理由は当時を知る那美君曰く、 「立体3Dだったのはすごいし、ちょっと感動した。だけど、触れもしないし画像荒いし半透明だし明らかに偽物だとわかってるもの相手に緊張感の欠片もない訓練して精神力が身につくわけないでしょ? きっとまだお化け屋敷に入ったほうが訓練になったんじゃない?」 とのことらしい。 それから後、与田技研の訓練ロボットの導入もあり、第二訓練場は使われることもなくなって閉鎖された。 今回の事件は閉鎖されて使われなくなった施設を解体する際に施設の詳細を教えていなかった学校側の不手際と、何らかの偶然によって施設の電源が入ってしまったことが原因だ。 幽霊などいなかったが、幽霊に見えるものがそこにあった。 目撃者の学生達が幽霊だと誤解したのは本物を知っているゆえに、である。一般人と違って本物の幽霊がいるのは周知の事実である彼らにしてみれば、それらしいものは幽霊に見えやすい。しかして正体は幽霊ではない。 幽霊の正体見たり枯れ尾花 それが幽霊と呼ばれるものの、四つ目である。 ・・・・・・ 事件が解決し、自宅に帰るころには夕飯の支度ができる時間を過ぎていた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 「今日は何かあったか?」 「シズクとあそんでた」 「シズク?」 「おともだち」 「……そうか、それはよかったな」 いつの間にか八雲にも個人的な友人が出来たらしい。それを嬉しく思うのは親心のようなものだろうか。 リビングを見れば、二人分のコントローラが刺さったゲーム機と対戦ゲームの画面が見える。 シズクという友達の姿は見えないからもう帰ってしまったらしい。 「っと、八雲、遊び終わったならちゃんと電源を切っておかないと駄目だぞ」 「うん、わかってる。あそびおわったらでんげんをきる。…………あ」 リビングに戻ろうとした八雲はふと何かを思い出したように立ち止まった。 「でんげん、きりわすれてた」 「? だから今から」 「ゲームじゃなくて、えっと……どこだっけ? うん、うん、きゅうきょういくしせつのだいにくんれんじょう、でんげんきりわすれてた」 ……何だって? 「シズクとあそんでて、あそこのスイッチいれたけど、けしわすれてた」 「…………なるほど」 閉鎖されていた施設の電源が入るなど妙な偶然もあったものだと思ったが、そうか八雲があそこの電源を入れたのか。考えてみればあそこはこのマンションから歩いていける距離だ。 つまり昨日以前か今日の午前中のうちに八雲が中に入って電源を入れてしまい、それが原因で今日の昼に事件が起きた、と。通路の手形や落ちていた髪の毛も八雲のものか。 「けしてこなきゃ」 「どの道もう取り壊しているからな……」 というか、伊緒君が壊したからな、床ごと。 「今回は済んだことだが次からは気をつけるんだ。それと、あまり人気のない建物に入ってもいけない」 「気をつける。シズクもごめんなさいって」 ? 「え? ……うん、わかった。言う。えっとね、シズクがあそこで暮らしてたんだけど、住むばしょがなくなっちゃったからどこかあめかぜをしのげるいいばしょはありませんか、って」 「…………待て、八雲。ちょっと、待て」 ――心なしか部屋の気温が下がった気配がする。 心臓が早鐘を打つ。 第二訓練場の廊下に一人立っていたときよりも早く、強く、耳に音となって聞こえるほどに。 それでも、私は尋ねなければならなかった。 「そのシズクって子は……どこにいるんだ?」 「ハイジの後ろ」 怪物記 第十話 了
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ギーサンセイ(ギー3世) フランス王の系譜に登場する人物。 ロシュフォール伯。 関連: ギーイッセイドロシュフォール (ギー1世・ド・ロシュフォール、父) アデライードドロシュフォール (アデライード・ド・ロシュフォール、妻)
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ラノで読む 「ケェアアアアアアアアアアアア!!」 怪鳥が絶叫をあげる。 その声の残響は、まるで七羽の鳥が同時に叫ぶかのようだ。 いや――実際に、そうであった。その巨大な、全長十メートルはあろうかという鳥は、首が七つあったのだ。 七色の鶏冠を持つ鳥。その各々の首が、それぞれの力を放つ。 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、それぞれの色と属性を持つ魂源力の閃光が少年に向かって襲い掛かる。森の木々を焼き、放たれる。 「遅いッ!」 野球帽をかぶった少年、鋭斗はその悉くを、木の幹を蹴りながら跳躍し、まさしく獣のごとき柔軟な身のこなしでかわしていく。 「しゃあっ!」 爪がうなり、鳥の体を穿つ。だが、幾重にも折り重なった羽毛が鎧となり、爪の威力を殺ぐ。鋭斗の爪は鳥の肉へと到達しない。そして巨大な、翼というよりはもはや巨腕と読んでさしつかえないその翼が拳を握り、鋭斗を殴りつける。 「がはあっ!」 木っ端のように吹き飛ぶ鋭斗の小柄な体。 だが、鋭斗は倒れない。歯を食いしばり立ち上がる。その小柄な体で、巨鳥を見上げる。 「必ず……必ず持って帰るんだ。己は、約束したんだ!」 思い出すのは、双葉学園で交わした約束。あの地でボロボロになった自分に初めて優しくしてくれた少女、人ではない自分を友達と呼んでくれた少女とのかけがえの無い約束なのだ。 『鋭斗くん、七面鳥を買ってきてね』 笑顔の有紀の言葉が思い出される。その言葉が鋭斗の小さな胸に火を灯す。 頼まれた。託された。認められた。戦士として、狩人として。 だから! 「己は必ず……七面鳥を狩って帰る!」 ラルヴァ、七面鳥。文字通り、七つの面を、首を持つ巨大な鳥のラルヴァ。 友との約束。狼は、それを決して違えない。己の誇りに懸けて。友との信頼に懸けて。 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」 鋭斗は吼える。狼は吼える。 そして巨大な敵に立ち向かっていく。獲物ではない。獲物というにはあまりにも強大で、雄大な森の王者だ。だがそれでも鋭斗は怯まない。鋭斗は跳躍し、七面鳥へと立ち向かった。 金色蜘蛛と聖夜の空 「グモォオオオオオオオオオ!!」 巨大な牛の雄たけびが荒野に響く。 眼前にあるのは、全長五メートルはあろうかという巨体。黒い牛の頭部に張り付いた人面が凶気をやどして叫ぶ。 『序列二十一番目の魔神、モラクス……ミノタウロスや魔王モロクとも同一視される強大な固体だ』 逢馬空の影から声が響く。黄金の蜘蛛、バアルの欠片、悪魔ゴルトシュピーネ。 空と魂を共有し生かしているラルヴァ。二人三脚の悪魔と異能者である彼らは、その力でラルヴァと、そして悪魔と戦う。この日もまた、彼らは悪魔と戦っていた。目的がある。果たさねばならない使命がある。その為にもどうしてもこの悪魔を倒さねばならない。 空の脳裏に、約束が思い出される。 『逢馬くん、牛乳買ってきてね』 それは委員長との約束。クラス会のクリスマスパーティーで、案の定スルーされかけた空を誘った有紀の、空への頼みだった。 それは絆だ。違えるわけにはいかない。ケーキを作るための材料だ。必要にして不可欠だ。 だが、スーパーで牛乳が品切れだった。 ないならどうする? そう、牛から直接とればいい。双葉学園島の牧場地区に牛乳を取りに行った空はそこで遭遇する。 牛の悪魔。マラクスと。 マラクスは牛だ。ならば目的は一致する。 マラクスを倒し、その力を手に入れ、統べる。そうすれば最上級の牛乳が手に入るだろう。完璧だ。 だから――逢馬空は戦わねばならない。 「いくぞ、ゴルトシュピーネ!」 『おう!』 叫びながら、答えながら、しかしゴルトシュピーネは思う。 (アレ、雄牛だよなあ……?) どこからどう見ても雄牛の悪魔だった。そして雄牛はミルクを出さない。だって雄だから。 (……まあ、いいか) ここで空気を読まずに口出ししても意味が無い。駄目だったらまた別の方法で牛乳を探せばいいだけだ。 そして、黄金の影が実体化する。 バアルの鎧。東の王、序列第一位の魔王の力の欠片をその身に纏う。 「さあ、支配を始めようか」 王の言葉が、宣言された。 大地を覆う緑の触手に、浅羽鍔姫は襲われる。 だが、その触手はもろい。人間にも、小学生にも引きちぎれる程度の強度だ。なぜならそれはただの蔦植物に過ぎない。意志を持ち、近づくものを襲うからとて、大した脅威ではない。 だが、量が違っていた。とにかく大量だった。三本の矢の故事ではないが、この物量攻撃は流石にやっかいだ。 しかも、鍔姫はただの一般生徒。かつて悪魔をその身に宿していた時の様に、怒りのままに敵を焼く炎を出せたなら違っていただろう。だが、今の鍔姫は普通の人間だ。 そんな彼女が触手に襲われる理由……いや、正しくは襲われたというより、むしろ鍔姫が襲ったほうである。 クラス会のクリスマスパーティー。 その準備。 『鍔姫ちゃん、苺を買ってきてね』 ケーキのための苺。これは絶対に外せない。その苺の買出しを頼まれたのだ。 どうせなら新鮮な苺がいい、と双葉学園農業地区にいって――鍔姫は見た。 ビニールハウスが潰されようとしている。巨大な蔦――苺の蔦だ。 「私だって……」 木刀を握る。 相手はただの植物だ。これは習ったことがある、ただの下級ラルヴァ。一般人でも対処できるはずだ。 戦う。戦わないといけない。友達が、親友が自分を頼ってくれた。 だから剣を握るのだ。たとえ自分が異能者でなくても、それでも。戦う。そうじゃないと、自分の魂を削ってまで戦っている空の……彼の力になりたいだなんて、情けなくて言えない。 「許さない」 口にする。彼女の魂に根ざす、ある種禁忌にも似た言葉。感情の発露。それをどこぞの似非神父は、原罪と読んだか。 それをあえて口にする。意志を固める。カタチにして、方向を持たせる。 「邪魔を……するなっ!」 そして、浅羽鍔姫は木刀を振り上げ、苺の群れへと飛びこんだ。 埠頭のコンテナで大爆発がおこる。 「エホッ、ゴホッ! っつぁー、ガッデム!」 修道服に袈裟をかけた、怪しげな風貌の男が咳き込む。周囲は霧で包まれている……いや、正確にはそれは霧ではない。 空気中を漂う、小麦粉だ。 対峙する敵の能力は「小麦粉使い」である。なんかとまあ、妙な相手と戦う羽目になったものだ。 こうなった理由は…… 『秋葉さん、小麦粉買ってきてください』 クラスのクリスマスパーティーの買出しを頼まれた。直接関係ないけどまあいいや、と請け負ったが……それがなんでこうなったのか。答えは簡単、小麦粉が買い占められていた。小麦粉使いによって。 そして、仕方ないから分けてもらおうと交渉しに行った結果、決裂して戦闘になったのだ。 「つか、最近の連中は短気だねぇ」 敵の攻撃は、粉塵爆発。小麦粉を燃焼させる粉塵爆発は、本来は大した利便性をもたない。 敵も味方も吹き飛ばすからだ。だが、その小麦粉の燃焼に指向性を持たせる異能者が存在したなら…… 自在に操れる粉塵爆発。それは強大な兵器となる。 (だからって、買占めとかするかねぇ) ジョージ秋葉は苦笑する。まったくもってついてない。 これだから、異能者という連中は手に負えないと苦笑する。うっちゃって逃げても別にかまわない。かまわないのだが…… 「やっぱり、約束やぶりはいただけないからねぇ、オウシット」 頼まれたのだ。有紀に、小麦粉を買ってきてくれと。軽い気持ちで引き受けたが……だからこそその約束は敗れない。 大人同士の約束なら、状況が変わったことを理由にいくらでも反故に出来る。それが大人の世界というものだ。相手に状況の推移、リスクを伝えて納得させればいい。 だが相手は子供だ。単純に大人を頼っている。それが軽い気持ちであろうとも、大人は子供を裏切ってはいけない。裏切る大人は多い。だが、だからこそジョージは裏切らない。これはビジネスではないのだから。それに…… 「人を裏切るものは裏切られる。HA、僕には一番キツいからねぇ、それ」 借り物の魔法使い。誇り高き偽者。無能者でありながら、ただの人間に使えるレベルの魔術武器を駆使し、手品とハッタリ、小手先の戦闘技術。そして……ラルヴァや異能者の力を借りて戦う、一人では何も出来ない男。 だからこそ、ジョージは他人に感謝する。だからこそ、裏切らない。 「HA――! それがアダルティーってモンでしょうが……!」 ジョージは身を躍らせる。次々と局所的な粉塵爆発が起こり、ジョージを襲う。それをかいくぐりながら走る。 「ていうか、食べもの粗末にすんじゃねぇ! バッドすぎんぞてめぇ――!!」 他にも、クリスマスツリー用の飾り、もみの樹、サンタ服、など……様々なものが必要となり、有紀はそれをクラスの友達に頼んだ。 それが、それぞれの険しくつらい戦い、冒険、物語となったことは……ここでは別の話である。故に、上記の一部のみを語るだけで割愛しよう。 双葉学園のこの時期に起きた多くの物語の、ほんの一部でしかないのだから。 「みんな、お疲れ様」 くじを勝ち抜いて借り切った家庭科室のひとつ。そこでエプロン姿の女生徒たちがみんなを迎える。 「……うわ、どうしたのその姿」 有紀が目を丸くする。みんなけっこうなボロボロの姿だった。 「いや、この時期って色々とあわただしいからなあ」 空が言う。なるほど確かにクリスマス商戦は大変だ。本当に変身できるおもちゃを巡って謎の企業と戦いを繰り広げる変身ヒーローだっているだろうし。 「大変だったんだね。まあこの時期はそんなに特別なことじゃないしね」 「これが特別じゃないんなら私ゃ生きていけるか不安よ」 鍔姫が苺をたくさんいれた袋を机に置く。 ずいぶんと大変な目にあった。特にあまり人に言いたくない目にも。周囲に人気がなかったのがある意味は幸いであったが。 というか二度と触手はゴメンだと鍔姫は思った。 「じゃあ買出し部隊のみなさんは休憩しててね。私達があとは頑張るから。家に帰ってもいいよー、パーティー夜からだし」 有紀が言う。 その言葉に、疲れた買出し部隊の人たちは机に突っ伏したり、床に座ったりして一息つく。あまり疲労や負傷のない男子は、手伝いを申し出たりもした。 それを見て、鍔姫は言う。 「ねえ空も手伝……っていないし!」 逢馬空は、帰っていいと言われたらすぐに家庭科室を出て行ったのだ。 「……こういう場合は、うん手伝うよとか言うもんでしょーに……」 「一緒に飾りつけとかしたかった?」 有紀が鍔姫に言う。 「うん、こう手が届かないところに、俺がやるよ、とかいって、手が重なって……って何言わすんじゃコラー!」 鍔姫は絶叫した。 空は屋敷に帰る。この大きな洋館は、正しくは空の持ち物ではない。 逢馬空の使い魔である吸血鬼、シュネー・エーデルシュタインの持ち物だ。 「ただいま」 きしむ扉をあけ、屋敷に入る。 屋敷のロビーに霧が出る。霧……というよりはきらきらと輝く微細な氷の粒。それらが凝結し、人の姿を取る。 「……」 無言で空を出迎えるのは、シュネーだ。 「ふう、疲れた」 『楽勝だったがな』 影から出てきたゴルトシュピーネが壁を這い回る。 『ほらよ』 棚から小さなガラス瓶を取り出し、空へと向かって投げる。空はそれを受け取る。 『ちゃんと飲んどけよ』 「ああ」 ふたを開け、一気に流し込む。 「まずい」 『良薬口に苦し、って奴だな』 そう言って、ゴルトシュピーネは二階へと這いずる。 「苦くなくて効く薬が一番だよ」 そうぼやく空からシュネーは空の薬瓶を受け取り、片付ける。 「……そうだ、夕方からクリスマス会だけど」 空の言葉に、シュネーは頷く。シュネーは、クラスの一員だ。だが、昼間の買出しは吸血鬼の肌にあまりよくない。そんな理由でシュネーは手伝いを断った。だからシュネーは、自分に参加する権利はないと思っていた。故に、次の言葉に驚く。 「お前も行くだろ?」 「……」 空は平然と、それが当然かのように言う。 「私も……行っていいんですか?」 シュネーは小さな声で、おずおずと聞く。 「……私が行かなかったせいで、貴方が」 手に触れる。 傷だらけだ。悪魔マラクスとの戦いで、空はかなりの手傷を追った。 服に隠れている部分は特にだ。すぐに家に帰ったのは、傷の手当てをする必要があったからである。影での止血だけでは、とうてい足り無かった。宝石のラヴィーネ、その遺産の中にはよく聞く魔法薬も多くある。それで手当てすることでどうにか体は持っている。 「……使い魔、失格……」 シュネーは自分を責める。 もし自分が傍に居れば、この傷は負わなかっただろう。 空の手を両手でそっと掴み、シュネーは自分の頬に当てる。 「……」 空は黙って、その手でシュネーの頬をなでる。 「気にするなよ。使い魔だのどうだの言ってこだわってるのはゴルトの方だし、僕はまあそんなの特にどうだっていいし」 ゴルトシュピーネが聞いたらまたうるさく喚くだろう台詞を空は言う。 「お前が居るから、助かった」 「え……」 「お前がいなきゃ、ここの薬とか使えなかったし」 「……」 確かに、真祖ラヴィーネの継嗣であるシュネーがいなければ、そもそもこの屋敷、ここにある魔法薬のすべては空は触れることすら出来ないものだ。 「?」 「……」 デリカシーの欠片も無い空の言葉に、しかしシュネーは薄く微笑む。こくこくと首を縦に振り、空の手を握る。 「じゃ、そういうことで。とりあえず僕は仮眠しておく、流石に疲れたし」 そう言って、空は自分の寝室へと戻った。 日が暮れる。 夜になる。 「そろそろか、じゃあ行こうか」 空とシュネーは屋敷を出る。 「……寒っ」 外はすっかり冷え込んでいた。 身を縮めて歩く空。その後ろから、ふわりとした暖かなものが首に巻かれる。 それは、毛糸のマフラーだった。 「……シュネー?」 「クリスマス……プレゼント」 「僕に?」 シュネーが昼間にクラス会の準備を断ったのは、これを作るためだったのだ。夜に間に合わせるために。 『あー、委員長に教わってたのソレかい』 ここ数日、有紀と何か話していたのをゴルトシュピーネは見ていた。盗み聞きは性に合わないので深く詮索はしていなかったのだが。 (あっさりとシュネーが断ったのを了解したのは、コレ察してか) ゴルトシュピーネは内心納得する。 「ありがとう」 その言葉にシュネーは顔を赤らめつつ頷き、そしてかばんからもうひとつマフラーを取り出し、自分の首に巻きつける。 同じマフラーだった。 「吸血鬼もマフラーいるんだな」 それを見て空は感想を素直に述べる。 「雪系の能力持ってるからそういうのいらないのかと思ってた。寒いもんなあ、やっばり」 (……駄目だコイツ) ゴルトシュピーネはその言葉を聞いて影の中で頭を抑える。全くわかってねぇコイツ。同じ形同じ色の手編みのマフラーふたつってことで少しは察しろこのバカ。 仕方ないから助け舟を出そう、とゴルトシユピーネは口を出す。 『おい、お前はお返しとかないのか?』 「そうだな、しなきゃいけないな。だけど用意してないからな……あとで何か用意しないと」 『んなこといってよぉ、クリスマスだし用意してんだろぉ』 「いや別に」 平然と空は言ってのける。 『オイイイ、クリスマスだろ、そういうアレねーのかお前はよ! こうクリスマスって言ったらよー、家族とかー、恋人とかにプレゼントとかするもんだろうがー』 「家族はいないし恋人もいないし。そりゃ兄弟みたいなもんだけどね、お前と僕は。でもお前には別にいいだろうし、ていうか悪魔がクリスマス祝うのもどうかと思うが僕は」 『だめだコイツ……』 ゴルトシュピーネは頭を抱える。 『すまん』 そしてシュネーに謝る。シュネーは、ふるふると首をよくに振りながら笑う。 『……いや待て。つーかアレだ、クラス会ってプレゼント交換とかあんじゃねーの?』 「……」 その言葉に空は黙る。 「その発想はなかったな」 『忘れてたんかいてめぇっ!?』 「知らなかっただけだよ」 『もっと悪いわっ!』 「困ったな」 『お前が困った奴だよこのボケナスがっ! あーくそ、コンビニでなんかてきとーに買って繕えっ!』 「でもお金あまりないしなあ。そうだ、屋敷にある魔法薬とか……」 『だーっ! ソレいくらすると思ってんだよこのやろうっ!? いいからお菓子でも酒でもなんでもいい安い奴でいいから買ってけっ!』 ゴルトシュピーネが絶叫する。それを見て、シュネーはくすくすと笑う。 「酒は駄目だろう、未成年だ」 『いちいち重箱の隅つっつくような突っ込みすんじゃねぇよっ!? 本当にイラつくなてめえっ!?』 相変わらずの掛け合いというか、漫才じみた言い合いをする二人。 それを見守るシュネー。 「ん」 気がつけば。その三人を包み込むように、雪が降り始めていた。 『ホワイトクリスマス、か……けっ、なんかいいな』 「そうだな」 シュネーもこくこくと頷く。 「……」 雪の中、まるで踊るようにステップを踏むシュネー。空はそれを見る。 雪、か。 シュネーの名前は、確か……白雪の意味だ。 名前どおりに似合っているな、と空は思った。 白く儚く、透き通った色。それは透明な自分にも似てて、しかし決定的に違う、強い存在感のある色。二律背反のその形に、空は素直に綺麗だと思った。 夜空を見上げる。自分は透明だ。空っぽだ。闇に溶け、その姿は消え去る。だが雪の白は透き通りながらも、その輝きはまるで星のように煌く。 「綺麗だな」 口に出した言葉は、果たしてどちらの雪に対して言った言葉か。 それは自分にもわからない。 「……はい」 シュネーがその言葉に答える。どちらの雪に言った言葉だと彼女は捕らえたのか。 それは彼女にもわからない。 判らないまま、二人は歩く。 雪の降る道を。 聖なる夜の下、悪魔を宿した魔術師と、魔術師の下僕となった吸血鬼は歩く。 ……二人はこの夜には似合わない。 祝福などされない身であり、許されない立場だ。 だけど、それでも、彼らは歩く。神が許さずとも、彼らを許し受け入れる友達がいるから、だから歩ける、歩いていけるのだ。 どこかで誰かが言った。 メリークリスマス。 トップに戻る 作品保管庫に戻る
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召屋 正行 「頼む、そいつを解放してくれっ! そうでないと俺はただの役立たずになっちまう」 基本情報 名前 召屋 正行(めしや まさゆき) 学年・クラス 高等部 二年C組 性別 男 年齢 16 身長 188 体重 72 性格 常識人、ツッコミ、怠け者、ペシミスト 生い立ち 普通のサラリーマンの家庭に生まれ、普通に育つ小学生時代は、その能力で『虫採りまさくん』と呼ばれ、尊敬されていた。双葉学園には高等部から入学その異常な世界に辟易している 基本口調・人称 俺 他人に対しては苗字で呼ぶか、お前、あんた、コイツなど 特記事項 困った立場になるすぐに癖毛のくしゃくしゃと掻き毟る瞬発力はあるが、日ごろの運動不足が祟ってスタミナはゼロ能力の関係上、記憶力とイマジネーションは高く、歴史などの科目は強い。一方、数学、物理といった計算を強いるものは全くの苦手で赤点ギリギリにある 特記事項 変態ホイホイが真の能力という噂もある 能力 あらゆるものを召喚する能力。過去に見聞きしたものを明確にイメージすることで、現実世界にそのものを召喚する。犬やクワガタ、カブトムシといった昔から記憶し、身近に接しているものや過去に何度も召喚しているものは、タイムラグなく現実世界に呼び寄せることができる。ただし、ラルヴァや空想世界の動物など、曖昧なイメージや情報量が少ない場合は、召喚に時間が掛かったり、失敗する。召喚された生物がどこからやってくるのかは不明。送還は任意では行えず、召喚した生物と一定距離を離れることで、自動的に送還される。欠点は常時一体しか召喚しかできないこと、コントロールできないことにあるが、その一方で、召喚した生物と精神的、肉体的にリンクしていないため、現実世界で召喚した生物が殺されてもダメージは受けない その他詳細な設定 装備:知人の付与魔術師に祝福してもらった伸縮式の特殊警棒 好物:ナポリタン 【召屋正行の日常はこうして戻っていく】で召喚したクロについて 召屋が幼少時に友人として創造したイマジナリーフレンド。彼の危機に能力が発現し、それ以後、彼を守る心強い相棒となる。 「黒いライオンのような姿で、気高く、知的で、心優しく、人を傷つけず、ラルヴァのみを食い、それによって育つ」という設定を子供の頃の召屋によって与えられている。 原因は不明だが、長期間、記憶の書き換えと欠落により、その存在を忘れていた。 寄生線虫の寄生のによる能力の暴走の副作用により、その記憶は戻ったが、召屋自身の能力は年々衰えており、本物のクロを呼び出すことは非常に困難である。 無理に召喚しても実体化できるのは3分程度であり、その直後に魂源力の枯渇によって召屋は意識を失い、2~3日は目が覚めることはないため、彼がクロを召喚することはまずないだろう。 登場作品 ・【召屋正行のささやかな日常はこうして壊れた】 そのいち そのに そのさん 作者のコメント メッシー.bmp
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ラノで読む 「バウバウ!!バウバウ!!」 国守鉄蔵《くにもりてつぞう》の朝は早い。 灰色の朝、大小の生き物が控えめなお喋りを始める頃に起床する。寝床から台所に一直線に向かった後、朝には決まって容器一杯に湛えた水を丁寧に飲み干す。 美味い。 十分に一晩の渇きを癒した後は手の平一杯の水でざぶざぶと顔を洗い、歯を磨く。神経質なぐらいに丹念に。前歯の表。裏。奥歯。奥歯の裏から舌の上まで。自分が納得するまで磨く。 歯を磨いた後、生地の粗いタオルを片手に、住まいである用務員室を後にする。用務員室から繋がる狭い渡り廊下の先にある勝手口から外に出る。 朝が早いせいか、靄《もや》はまだ晴れないが気にすることも無い。 爺むさいシャツを脱ぎ、物干し竿に引っ掛かるよう投げ捨てる。表れた上半身は力強さを微塵も感じさせる事は無かったが、老人の其れとしては十分に整っていた。 先程までは小声で囁いていた小鳥達も、朝の迎えを感じると次第に楽しさを抑えられないのか、饒舌になっていた。 宿舎の庭に一人の老人。 ゆっくりと目を閉じ、体の全てで息をする。 「今日も空気が美味いの……」 この世の幸せを一身に受け止めた微笑み《ほほえみ》は、恐らく貴方の不幸をも受け止めるだろう。 国守鉄蔵《くにもりてつぞう》は終わった物語の主人公である。 国守鉄蔵は双葉学園の住み込み用務員として日々を過ごしている。学生達が謳歌する青春。 青春といっても一般的な学生達の日常とは異なる面も多いのは確かだが、それでも各々が切り開いていく日々の為、ほんの少しの手助けをするのが今の生き甲斐である。 「んむぬ。本日の予定は害虫駆除じゃったかの」 日課の乾布摩擦の後、一汁三菜の慎ましやかな朝食を終え、一念発起し、ジャージを着込む。太古に栄えた、両脇に一本のラインが入った緑色のジャージ。 全体的に毛玉が幾つも付いていたり、補修の為かジグザグに縫った後がある裾。この衣服こそが国守鉄蔵の正装なのだ。 学園の仕事といっても、備品のチェックや一部建築物の補修。害虫駆除に、草刈や花壇の手入れ。そしてトイレ掃除などだ。双葉学園の広さは一般的な学園とは一線を画している。 一区画ですら広大であるにも関わらず、それがいくつもある。だが、広大な敷地面積を隅から隅まで整備する事の苦労も、 彼にとっては日替わりの運動場の様なものであり案外楽しんでいたりする。 現在の住まいである用務員宿舎の一室の片隅で屈みこむ一人の老人。 「んむぬぬ。覚書はどこじゃったかのう。このままでは今日の仕事場が解らんぞ……」 案外ボケ老人でもある。 引き出しをひっくり返したり、ちゃぶ台をひっくり返したり暴れまわったが、無事に昨日書き留めたメモを見つける事ができた。 メモには「自ぜん区、がい虫、たくさん、あとそうじ」と金釘流で書き連ねてあり、書いた本人ですら解読に時間がかかったが。 靄も立ち消え、うっすらと湿り気のある空気が立ち込めていた。河辺にある舗装されたランニングコースを、自転車で爆走し粉塵を撒き散らすバーコードハゲの老人の姿があった。 「うほほほほー!!、今日は害虫駆除じゃぞー!!ケンゾー!!」 「バウバウバウバウ!!」 ややあって愛車の轟天号《じてんしゃ》を片手運転で爆走させつつ、空いた手で竹箒《たけぼうき》をグルングルン回転させながら 愛犬のケンゾー《しばいぬ》と暴走機関車の如く疾駆するのだった。 小気味良いブレーキ音を響かせ、勢い良く両の足を地面に降ろす。 「そいじゃ虫さんの営みがどんなモンか見に行くとするかのゥ」 「バウ!!」 森林公園内のいくつかある雑木林で害虫が異常発生している。 先日、国守鉄蔵に学園から連絡があった。 本来は醒徒会庶務が担当する業務の一つではあるのだが、如何せん人手が足りない。 雑務に日々を追われ、着手出来ない案件のうち、比較的容易な案件は用務員が担う事となっていた。今回依頼された雑務の一つが害虫駆除である。 「あのハヤテとかいう小僧さんも大変じゃのう。んむ?ハヤタじゃったか?まぁ、どうでもいいかの」 どこまでもぞんざいに扱われる庶務が不憫である。 幾つかの雑木林を巡ったが今の所は目立った害虫の異常発生というものは見受けられなかった。 「なんじゃい。別に言うほど虫さんは湧いとるワケでもなさそうじゃのう、ケンゾー」 「バウバウ!!」 木々から伸びる枝葉の隙間から陽光が薄く漏れ始めており、それらに照らされた愛犬の顔をワシワシと撫で回す。 「しかしじゃぁぞ、学童の健やかな日々を守る為にも、もーちぃと頑張ってみるかのぅー」 心なしか愛犬の背筋も伸びた様に見えた。笑みを浮かべながら鉄蔵は次の雑木林へと向かう。 道すがら公園のベンチに深く腰を下ろした女学生がいた。公園のベンチに一人、ぽつねんとしている。 純白の長靴下から続いている靴のつま先を見つめながら、肩を落としていた。 女学生を見遣る。樹木のざわめきと愛犬の粗い呼吸だけが、ほんの一時の公園の全てだった。 鉄蔵は愛犬としばしの間見詰め、破顔一生し一言だけ相棒に呟いた。 「行ってきてやってくれんか?」 主の言葉を聞き届けた従者は、大地を蹴る軽快な音をたてながら女学生の元へと向かった。 「やっこさんはケンゾーに任せてワシゃ仕事に戻るとするかの」 少しだけ眉尻を下げながら次の雑木林へと歩みを進めた。 雑木林を歩いていると、ふと前面に霧が立ち込めている小沼が見て取れた。一歩、二歩と霧に歩みよる度それに比例して耳障りな音が大きくなっていく。 距離を縮める度に霧の正体が明らかになっていく。 霧と見紛う蚊の大群であった。蚊の大群は木々の合間に見え隠れする小沼の上で、気の向くままに踊り耽っていた。 「あぁぁああぁ。見てるだけで体が痒くなってきたわぃ。とりあえず噴霧器と防護服を取りに戻らんと」 ひとりごち、蚊の大群に背を向け雑木林から抜け出そうとした瞬間何かの気配を感じた。 木々の隙間から刺す陽光を一瞬だけ黒く塗りつぶす影。突然の闖入者は木漏れ日の陽光を幾重にも切り裂いた。 「いや、いやいやいや。これはーそうじゃの。酒の肴にしかならんわィ」 深い霧へと切り込む影。 自然界の中で進化した物とは違い、その境界を一足飛びに別の次元の樹形図を以って派生し進化した昆虫。 古い時代の少年達の至宝の一つ。 縦一直線に伸び、 その体躯は酷く不自然な形の、透き通る二対の翅《つばさ》を窶《やつ》した ──蜻蛉《トンボ》の姿だった。 「蜻蛉《トンボ》の怪、神蜻蛉《カミヤンマ》。 当世風に言うと、らるば……じゃったか。 あの小僧さん……害虫駆除なぞと言っておきながら碌《ロク》な仕事まわしよらんの」 ラルヴァ”神蜻蛉《カミヤンマ》”は暫く池の上を旋回し、一心不乱に両脚を動かし一面の霧を捕食する。 「こんな都市部にまで降りくるとは……鬼神蜻蛉《キシンヤンマ》か」 旋回飛行を止め、小沼の上でホバリングするラルヴァの複眼が国守鉄蔵を正面に捉える。 「──ああそうかィ、なんじゃ。とりあえず、その前にちょっと待ってくれんかの?」 問答無用、明確な殺意を持ちながらラルヴァは突撃してきた。一瞬の判断で国守鉄蔵は後方へゴロゴロと転げる。 「なんじゃいなんじゃい、せっかちなヤツじゃ。少しはこちらの準備を待つとかうひひひィいッツ!!」 全身を凍て付かせる金属と金属を叩きつける音が雑木林を突き抜ける。 ラルヴァが上顎《うわあご》と下顎《したあご》をぶつけ発する威嚇音。老人が諫《いさ》める間もなくラルヴァは突撃してきた。 必死の形相を浮かべながらラルヴァから遁走する。そもそも、そもそもだ、異能者の集まる双葉学園ではラルヴァの発生率は低いと聞いてはいたのだが。 「ぬぉぉおおおッッツ!!小僧さんや聞こえ取るかのぉお!!こりゃぁ、虫駆除するってれべるじゃねぇぞぃッツ!!」 双葉学園用務員、爆走するバーコードハゲ。国守鉄蔵《くにもりてつぞう》は慟哭《どうこく》した。 ただひたすら走った。狙い定めたかのように木々が眼前を覆う事もあったが。その都度、軽業師の如く木々の合間をするりと掻い潜る。 ラルヴァも後方から追って来たが枝葉が邪魔をしている為か、上手く鉄蔵に追いつく事が出来ずにいる。 「ふひィ、ふひびィ!!其れ見だごどが、ング……ごの鉄蔵様に追いづごうハァハァ、んぞ……ング、十年早いわィ!!カーッ!!ペッ!!」 幾度も喉の奥から込み上げる痰と格闘しながら、ラルヴァとの障害物競走に興じていた。 突如、後方からの威圧感が消えた。 国守鉄蔵はその事に気付きはしたが、落ち葉を蹴り上げながらお構いなしに走り続けた。 この学園は、異能の能力を持つ多くの若者達が集う、双葉学園。 後は学園の若者達に任せ、自分は出来るだけ邪魔にならない場所へと避難し、裏方に徹するべきだ。 ラルヴァを撒いたと確証が持てたのならば、その時には近くのライフラインから醒徒会役員へ連絡を行い応援を要請しようと考えていた。 「老いぼれには若干重労働すぎるわィ」 額からは汗が止め処なく溢れ、背中や胸元を伝う汗がシャツに張り付き辟易した。 上空や周囲を十分確認した後、走る速度を緩め、立ち止まった。 目蓋を細め、頭、首元、両肩、両腕、腰周り、太腿から両脚、両足。全身の力を落とし。五感の全てを研ぎ澄ます。 環境音に耳を澄ませる。力任せに暴れる風は無いか。敵意を以って自分を睨め付ける存在は。 蟲《むし》の怪《け》の毒々しい微かな匂いは感じないか。手練手管に長ける怪《け》の罠ではないのか。 視界の全てを断ち切り、皮膚は地球《せかい》の創造物のみに触れ、遮断し、黒く塗りつぶす。 再び辺りの雑木林を見回す。木木の合間の奥には一般人もよく利用するランニングコースが見え隠れしている。一つの懸念が胸奥を侵食する。 「……これは、いかん……いかんぞッッツ!!」 国守鉄蔵は眉間に幾筋もの皺をよせ、険しい表情のまま駆け出した。 「ばうばうばう!!」 国守鉄蔵の鉄壁の従者にして家族、そして親愛なる相棒、国守ケンゾーは一人の少女へと駆け寄る。 「え?あ、わわ……ワンちゃんどうしたのかな?」 彼方遠くにあった意識が引き戻された少女は突然の来客に困惑を隠せない。 それでも国守ケンゾーは、我侭な子供が母親の胸に甘えるかのように少女の胸元へと飛び込む。 「きゃ!!わ、こら、ちょっと駄目だってば……あはは、くすぐったいよ!!」 ベンチに腰掛けていた少女に柴犬が何度も覆いかぶさる。なすがままではあったが、少女は円らな黒い瞳の来客を快く迎え入れた。 「どうしたのかな?ご主人様とはぐれて迷子になっちゃったのかな?」 少女の問いかけを気にする事も無く、柴犬は執拗に頬《ほほ》を舐める。柴犬の首元を見ると首輪が付いており、首元には将棋の駒のような五角形の板が吊り下げられていた。 板には犬の名前と思しき言葉が書かれている事をかろうじて読み取る事はできた。勢いのある筆使いで記されており、少女は少しばかりは悩んだのだが。 「えーっと、そっか、君の名前はケンゾー君……であってるよね?」 少女が問いかけると柴犬は少女に覆いかぶさる形で威勢良く、一度吠えた。 「そっかそっか、ケンゾー君かー」 語りかけるように柴犬に話しかけると、それに答えるように少女の肩や胸元に柴犬は前足を押し付けた。 「そうだね、私も自己紹介しなきゃだね。私の名前は時坂一観《ときさかひとみ》っていうの。解るかな?」 時坂一観は少し困った顔で話しかける。先程よりもまた一層大きな声でケンゾーは吠えた。 「本当かなー?解ってくれたのかなー?ふふふ」 しばらくの間、一観とケンゾーはベンチの上でじゃれ合っていた。 その内に少女は空を見上げ、ため息を漏らす。誰に話すでもなく、滔々《とうとう》と語り始めた。 「私のお兄ちゃんの事なんだけどね? 妹の私としては最近心配なんだよ? どこからか女の人を連れてきたりして、なんだかんだで今は一緒に住んでたりするし。 あとはたまーにお兄ちゃんの部屋から一緒に住んでる女の人とは別な女の人の声とか聞こえてきちゃったりして。やや、うん、まぁ、お兄ちゃんに限っては変な事は無いと思うんだけど。 そうそう、あと、お兄ちゃん結構カッコいい所があるから、別な女の人とも仲良くなってたりするし。ホント、妹としてはこれからの不安が一杯なんだよ。後はね後はね──」 国守ケンゾーは彼女の横に行儀良く腰を落ち着かせ、その言葉を静かに聞いていた。否定する事も、肯定する事もせず、ビー球の様な瞳は少女の顔だけを映し、捉えていた。 しばらくは少女の悩みに耳を傾けてはいたのだが、優しく身体を撫でる感覚と暖かな陽気が心地よく気付かないうちに眠りに落ちた。 「……それでこないだなんかはね。って、寝ちゃったのか」 そのまま一観は静かに撫で続けていたが、彼女もまた、流れてきた木々が掻き鳴らす波の音と暖かな香りに押されるようにゆっくりと目蓋を下ろした。 園内にも人がまばらに増えてきた。何時までも聞き覚えのある体操の音楽に合わせ体を動かす人や、ランニングコースを走る人。 しかし、緩やかな時間が流れる公園での一時は、恐怖に包まれた。 上空から鋭く広場に何かが飛び込んできた。視界の端に違和感を覚えた人々は何事かと広場に視線をやると、そこには余りにも巨大なトンボの姿があった。 現実感の薄い光景に呆気にとられ、公園の人々は口を広げトンボをみつめていたのだが、一度トンボが上顎と下顎を打ち鳴らし威嚇音を発すると恐怖に顔を引き攣《つ》らせ悲鳴を上げた。 「う、うわぁ!!ラルヴァだっ!!」 どこの誰とも知れぬ男性の一人が大声を張り上げる。異変に気付くのが遅れた人々も男性の声が聞こえた方を振り向きラルヴァの姿を捉えると、一目散に逃げ出した。 辺りから人気が無くなるには然程時間はかからなかったのだが、まだベンチには時坂一観だけが取り残されていた。 国守ケンゾーはいち早く周囲の異変に気付いたが、一観は深い眠りに落ちており一向に目が覚める様子が無かった。 状況は一刻を争う。強硬手段になるが止むを得ない。国守ケンゾーは一観に慇懃に頭を垂れると、勢い良く少女のスカートを引っ張った。 「ひゃぁっ!?なななに、お兄ちゃんそんな心の準備が!!って、あれ?」 立ち上がり、ずり落ちたスカートを身を引くように直しながら、辺りの異変に気付いた。 剣呑な空気が辺りを押し潰しており、一帯からは生き物という生き物の気配が常人でも解る程に失せていた。 ただ不気味なまでに巨大なトンボの姿以外を除いて。 「何あれ?…ラ、ラルヴァなの?」 ラルヴァが時坂一観に気付き、彼女の方へと体躯を大きく翻《ひるがえ》す。巨大な複眼を一瞬のうちに上下左右にせわしなく動かすさまは、獲物を品定めするかのようだった。 ラルヴァの視線を浴び恐怖に身をすくめてしまった一観のスカートの裾を、ケンゾーは何度も引っ張る。すぐにこの場所から逃げろ、逃げるんだ。 必死の訴えも届かないままラルヴァは二対の翅を羽ばたかせ目にも止まらぬ速さで突撃してきた。 目を見開き、一観は何も出来ぬまま呆然と立ち尽くす。ラルヴァと身体がぶつかる直前に、ケンゾーは一観の膝に体当たりをし、彼女の体勢を崩した。 一観は勢い良く腰を地面に打ち付ける。間一髪でラルヴァの攻撃を回避する事は出来たが、次の手はもう無い。 「うっ、ぁ、ああ、かは……」 助けを求めようと声を出そうとするが喉の奥から出てくるのは乾いた呼吸だけで、立ち上がる事もままならない。 傍らに立つケンゾーは鋭く眼を細めラルヴァを威嚇するが、ラルヴァはケンゾーを特に意識するでもなく少女を見据える。 「グルルルッ……ガアッ!!」 唾液と咆哮を散らしながらケンゾーは先手を打った。常日頃の表情は消えうせ、一匹の獣としてラルヴァに牙を向ける。 俊敏に大地を蹴り上げながら前方のラルヴァへと跳びかかるが余裕を持ってかわされてしまう。 着地と同時に駆け出し常に相手に背後をとられる事が無いように位置関係に気を配る。ラルヴァが攻撃する為に高度を下げ突撃してくる。 それを回避しあわよくば一撃を加えようとするが、相手も速く避けられる。 一進一退の攻防が繰り広げられる。未だどちらにも外傷は無かった。 鬱陶しく攻撃を仕掛けてくる動物を縊《くび》り殺す為、ラルヴァは自身を空高くへと舞い上がらせる。ケンゾーは上昇するラルヴァをにらみつける。 その時、強烈な逆風がケンゾーをたたきつけ、一瞬だが視界を閉ざしてしまった。無論、ラルヴァもそれを見逃す訳もなく追い風に乗るようにケンゾーに襲い掛かった。 反射的に旋回し回避しようとするも間に合わずラルヴァの両脚に胴体を掴まれた。 ラルヴァから逃れる為に脚の節目に狙いをつけ全力で喰らい付くと同時に、ケンゾーも胴体の一部をえぐりとられる。 「キャワンッ!!」 攻撃に怯んだラルヴァはケンゾーを一旦手放し距離を置いた。甲高い鳴き声と鮮血を噴き上げながら地面に落下するケンゾー。 ぼとりと地面に放り出されたケンゾーの背中にはこぶしほどの大きさの穴が開いており、どくどくと血が流れ出していた。 「わんちゃん、もういいから逃げて!!」 一観が悲痛な声を上げると同時にケンゾーはゆらりと立ち上がった。 国守ケンゾーは何も諦めてはいなかった。前方でホバリングを続け、一つの瞬きのうちに様々な方向へ、不気味に小首を傾げつづけるラルヴァを見据えた。 前足は地面を掴み、後ろ足は何時でも跳ぶ為の力を伝える。胴体は流れるままに大地にゆだねる、視線は眼前の敵性対象《ラルヴァ》へ。尻尾は未だ衰えぬ戦意の如く屹立させた。 まだ、もう少しだけ。体力も十分ある。背中の怪我はかなり痛いがなんとかなる。もう少しだけ、時間を稼ぐことができるのなら。 ケンゾーがラルヴァの予備動作を逃さない為に全神経を集中させていると、ラルヴァの複眼には自分以外の何者かの姿を捉えているようだった。視線は一観よりも後方に注がれている。 白熱しすぎていたせいか、気付くのが遅れていたようだ。これでは従者失格だなと自嘲した。 「──すまん、苦労させたな」 遅いぜ、爺さん。 後方からゆっくりと歩いてくる老人に、時坂一観もやっとの事で気が付いた。 「あ、あ……おじいちゃん!!ここは危ないから早く逃げて下さい!!」 「まぁ、そうじゃの。危ないの」 「そんな、のんきな事言ってるヒマなんてないですから早く逃げて学園の人を!!」 「一応呼ぼうとはしたんじゃが、なんじゃ。逃げおおせた人達がとっくに通報しとるんじゃなィかの」 「だったら早く!!」 囃し立てる少女の頭の上に、幾重もシワの重なった手の平を置き、ぽんぽんと叩いた。 「ここまで泣かんでよう頑張ったの。怖かったじゃろ。後はジジイと相棒に任せて嬢ちゃんは逃げんしゃィ」 老人の言葉に緊張の糸がふつりと切れたのか、一観の瞳からは涙が止め処なく溢れ出してきた。 「そかそか、ちょっと動けなさそうか。それじゃぁ、ジジイがちょっと頑張ってみるから、それなりに応援してくれると、嬉しいんじゃ」 涙で目元を赤く腫らした一観を背に、未だラルヴァを牽制しているケンゾーの元へと歩み寄る。 「背中。痛そうじゃな」 相棒は答えない。 「まだ、なんとか、一緒に頑張ってくれるか」 頬の肉を震わせ、わふっと一息だけ返事をするのを見届けた。 「そうか。……お前さんにばかり貧乏くじ引かせて悪ィな。ほんに久しぶりじゃがやるだけやってみるか」 風が凪いだ。 「聞け、異類異形の蟲の怪よ」 底冷えするような冷たさを纏った言霊に、ラルヴァは戦慄し身を二つ程後退させる。 「この国の、防人の一人として名乗ろう」 一言、また一言と言葉を紡ぐ度に老人の魂源力はその器を徐々に満たしてゆく。 「金剛不壊《こんごうふかい》の鬼の蔵」 確かな質量を伴って魂源力が実体化する。指先、手の甲、前腕、上腕。少しずつ、しかし確実に姿を現す。 「鬼瓦《おにがわら》の鉄蔵《てつぞう》たぁワシの事じゃッッツ!!」 そこにあるのは憤怒が全てといわんばかりの鬼瓦の表情そのものであった。 魂源力は全ての部位を実体化させ、鉄蔵の全身は日本式の鎧に覆われる。 古き戦乱の世を戦い抜いた兜と、悪鬼羅刹を模した面頬によって表情は隠れ、その奥から覗く眼光は幽鬼の如く。魂源力を伴った鎧の実体化。 「──”剣蔵《けんぞう》”・壱の蔵ッッツツ!!」 鉄蔵が一声上げると傍らに控えていた従者は天高く咆哮し飛翔する。一匹の獣は空中で弧を画きながら回転し勢い良く地面に──”突き刺さった”。 それは一瞬の変化だった。刀身に帯びた湿り気と、刃紋から滴り落ちる焔火。その柄は獣毛によって織り成された紐に巻かれ、一振りの太刀として雄々しく聳《そび》え立っていた。 壱の蔵・鬼斬《おにきり》。国守”剣蔵”が魂源力によって変化した姿だった。鉄蔵は太刀を緩やかに抜き、両手で構え、切先をラルヴァへと向ける。 「始め」 言葉を発すると同時に、ラルヴァは鉄蔵へと疾走する。しかし、鉄蔵は眼前から迫り来る脅威に微動だにもしない。 鬼神蜻蛉《キシンヤンマ》は恐怖していた。目の前の敵を完璧に殺す。反撃のわずかな可能性も残してはならない。この生き物は、先刻までもてあそんでいた軟弱な生き物ではない。 何がいけなかったのか。捕食者に脅える日々はあの日、あの人間の手によって去ったのではなかったのか。人間にもてあそばれ、命を散らしてきた仲間達の怨嗟の念が私の全てだ。 そう、もてあそんで何がいけない。貴様達が行ってきた事の全てではないか。強ければどんな命であろうと、自我による手慰みの対象でしかないのだろう? 速度に身を任せたまま、ラルヴァは上顎と下顎を鳴らし鉄蔵の鎧袖に喰らい付く。上顎と下顎は金属を無理に擦り合わせた時の金切り声を響かせる。 だが、鎧を噛み砕こうとしたはずのラルヴァの顎の全てが、大きな亀裂を走らせた後に砕け散った。 「お前さんのアゴもたいそう強いのは、ワシも知るところじゃが。ワシの鬼瓦はそれ以上に堅固での」 面頬を通し乾いた声で呟きながら、鉄蔵はラルヴァの胴体を即座に左手で鷲掴み流れるように地面へと叩き付ける。叩き付けられたラルヴァは少量の液体を巻き上げた。 「一昔前の話にゃなるが、鎧の硬さだけでいったのなら、そうじゃの」 ラルヴァは反撃の為に身を起こそうと、尚も懸命に翅《はね》を震わせる。だが鉄蔵は、小枝を折るように翅を踏みにじり、右手に握り締めた太刀を大きく振りかぶり言葉を続ける。 「──東方不敗じゃ」 ラルヴァの頭部を一刀両断の下に切り伏せた。 敵性対象が息絶えた事を見届け、ケンゾーも変化を解きそのまま地面へと、しな垂れかかる。 「わんちゃん!!ケンゾー君!!」 時坂一観はケンゾーへ駆け寄り、その頭に涙でぐしゃぐしゃになった顔を摺り寄せた。 「ケンゾーも大仕事でちょっと疲れたみたいじゃ。これからコイツの手当てをせにゃならんから、もしよかったらお嬢ちゃん手伝ってくれんかィ?」 「はい!!いくらでも手伝います!!」 若干鼻にかかった声で一観は小気味良い返事を返した。 「うむ。こんだけ気立ての良いお嬢ちゃんならコイツも頑張った甲斐があったの」 しばらく一観がケンゾーを頭を抱えていると、荒いイビキをかきながら国守ケンゾーは深い眠りについた。 「私を守ってくれたんだよね。……ありがとう」 まだ今日という日は始まったばかりだが、一日分の仕事を終えたような気分だ。 学園の案件は日を改め処理するとして、今は目の前の少女の無事な姿を守れただけ良しとしよう。少女と相棒が寄り添うその光景に国守鉄蔵は満足げに頷いた。 「あ、お爺さんも助けて頂いて、本当にありがとうございました。私、時坂一観って言います。お爺さんは学園の人ですか?」 ふと鉄蔵に一美は言葉を投げかける。 「ん、ああ、ワシか?ワシはじゃな」 「──双葉学園用務員の国守鉄蔵《くにもりてつぞう》じゃ」 こうして物語は繋がっていく。 トップに戻る 作品投稿場所に戻る